土木構造物に係わる技術基準等における 景観の位置付け - 土木学会

景観・デザイン研究講演集 No.6 December 2010
土木構造物に係わる技術基準等における
景観の位置付けに関する研究
犬飼 武 1・高阪 雄一 2・阿部 貴弘 3
1
正会員 修士(情報科学) 国土交通省都市・地域整備局(〒100-8918 東京都千代田区霞が関 2-1-3,E-mail:
inukai-t86fg@mlit.go.jp)
2
非会員 修士(工) 国土交通省航空局(〒100-8918 東京都千代田区霞が関 2-1-3,E-mail: kousaka-y89ja@mlit.go.jp)
3
正会員 博士(工) 国土交通省国土技術政策総合研究所(〒305-0804 茨城県つくば市旭1番地,E-mail:
abe-t92tb@nilim.go.jp)
土木構造物の設置や設計に当たっては,法的な拘束力有する技術基準等によって構造物の最低限の安
全性等を確保する必要があるが,こうした技術基準等において,景観への配慮がどのように位置付けら
れているのか,分野横断的にその考え方や具体的内容の把握を行った.その結果,景観に関する直接的
な規定は,港湾を除いて規定されていないこと,いずれの分野の技術基準等においても,法的拘束力を
有する基準には安全性等の必要最小限の基準が定められており,裁量性を備えているものであること,
また,各分野の技術基準等の性能規定化の流れや,地域主権の流れから,より一層,裁量性の高い基準
へと改正されつつあること等が分かった.
キーワード:土木構造物,技術基準,法体系,景観
1.はじめに
することで,景観面から見た各分野の技術基準の特徴を
明らかにする.なお,各分野の技術基準等に位置付けら
れた景観への配慮が,実際の公共事業の景観形成に及ぼ
国土交通省は,2003(平成 15)年 7 月に策定した『美
す影響については,事例分析等に基づき把握・分析する
しい国づくり政策大綱』において,美しい国づくりのた
必要があるが,これについては今後の課題とする.
めの具体的な施策の一つに「公共事業の技術基準や事業
また,これまで,個別分野の技術基準の変遷に関する
採択基準などに景観への配慮を織り込み原則化する」こ
研究 1)や,技術基準の個別要素が公共施設のデザインに
とを掲げている.同大綱の策定以降,これまで事業分野
ごとに景観形成ガイドラインが策定されてきたことは周
及ぼす影響 2),あるいは土木構造物の保全に及ぼす影響
3)
知であるが,技術基準については,景観への配慮が具体
に関する研究等は行われてきたが,景観への配慮が技
的にどう位置付けられているのか整理されていないため, 術基準等にどのように位置付けられているのか,分野横
それらが公共事業の景観形成にどのような影響を及ぼし
断的に分析した研究はなく,この点において本論の意義
ているかを議論できる段階にない.
は深いと考える.
そこで,本論おいては,土木構造物に係る技術基準等
において,景観への配慮がどのように位置付けられてい
るか,分野横断的にその考え方や具体的内容を把握する
2.各分野の技術基準等の体系
とともに,技術基準等が,実際の公共事業の景観形成に
及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.
(1) 技術基準等の定義
本論では,まず,各分野の技術基準等の体系を整理す
土木構造物は,そのほとんどが道路法や河川法等の法
る.続いて,各分野の技術基準等における景観のへの配
律に基づき整備されるもので,一般的に法律において,
慮の位置付けを把握し,これらを分野横断的に比較分析
形状や構造等の技術的な基準が定められているほか,法
263
【技術基準等を定めた法令に基づくもの】
法律
〔例:道路法〕
政令
〔例:道路構造令〕
国が定めているもの
省令
〔例:道路構造令施行規則〕
告示
【法的拘束力を有しないもの】
通知
地方自治法245条
の9に基づく法定
受託事務に係る
処理基準
【法的拘束力を有するもの】
地方自治法245条の4第1項に基づく技術的な助言
〔例:道路デザイン指針(案)〕
運用や解説を示した任意の出版物・基準
〔例:道路構造令の運用と
解説〕
〔例:道路のデザイン―道路デザイン
指針(案)とその解説〕
〔例:道路土工〕
図-1 法令等の体系
律に基づき,政令や所管する省庁の省令等により,より
詳細な基準が定められている場合が多い.土木構造物の
整備に当たっては,その整備主体はこうした法令に基づ
く技術的な基準等を遵守することが求められる.
また,
こうした法令に基づく技術的な基準等について,
所管する省庁の担当局長や課長から,より詳細な基準を
定めた各種運用基準等が整備主体である地方公共団体等
に対して通知されているものもある.こうした国からの
通知のうち,地方公共団体に対する通知は地方自治法の
規定により,地方自治法 245 条の 9 に基づく法定受託事
務の処理基準と,地方自治法 245 条の 4 第 1 項に基づく
技術的な助言に大別され,前者の法定受託事務の処理基
準については,法的な拘束力を有するものであるが,後
者の技術的な助言は,参考として扱われ,法的な拘束力
は有しないものである(図-1)
.本論では,こうした法的
な拘束力を有する法令に基づく技術的な基準や通知を
「技術基準等」と定義し,この技術基準等について整理・
分析を行うこととする.
以下に,
主要な土木構造物である道路及び河川,
海岸,
公園,港湾に関する各分野の技術基準等について,その
体系及び概要を俯瞰する(図-2)
.
(2) 道路
道路においては,1952 年(昭和 27 年)に道路法が制
定され,その際に第 29 条に「道路の構造の原則」及び第
30 条に「道路の構造の基準」が定められている.また,
道路法第 30 条に基づく政令として,1958 年(昭和 33 年)
264
に旧道路構造令が制定されている.その後,高速道路時
代への突入とともに,旧道路構造令と街路構造令を統合
する形で,1970 年(昭和 45 年)に現在の道路構造令が
制定されている 4).さらに省令として 1971 年(昭和 46
年)に道路構造令施行規則が定められている.
道路法においては,原則として,道路の構造は安全か
つ円滑な交通を確保することができるものでなければな
らない旨を規定している(29 条)こと及び道路の構造の
基準を政令で定める旨が規定している(30 条)のみで,
具体的な道路の構造の基準については,政令である道路
構造令に定められている.また,第 29 条については,法
制定以来 2 回の改正を,
第 30 条については 4 回の改正を
行っているが,政令で定める事項に「横断歩道橋,さく
その他安全な交通を確保するための施設」が加わった等
の軽微な改正にとどまっている.
道路構造令においては,道路の外形的骨格に関して,
道路区分に関する定めのほか,設計車両や車線数,建築
限界等に関する基準,車線や中央帯,路肩,歩道等の設
置,幅員に関する基準や曲線半径や縦断勾配,視距等の
線形に関する基準が,例えば建築限界の高さについて普
通道路にあっては 4.5 メートルといったように定量的に
定められている.なお,この定量的な規定も,
「何 m 以
上」等の運用幅を持った規定としている場合や,各規定
にやむを得ない場合の特例として認める場合等の柔軟規
定を設けている.また,舗装や排水施設,交通安全施設,
橋・高架の道路等の工作物・構造物に関する基準は,性
能規定や設置要件に関する定性的な規定にとどめている.
法律と技術基準等を定めている条文(抜粋)
政令
省令
道路
河川(河川管理施設等)
海岸(海岸保全施設)
都市公園(公園施設)
港湾(港湾の施設)
○道路法〈1952年制定〉
第29条(道路の構造の原則)
道路の構造は、当該道路の存
する地域の地形、地質、気象
その他の状況及び当該道路
の交通状況を考慮し、通常の
衝撃に対して安全なものであ
るとともに、安全かつ円滑な交
通を確保することができるもの
でなければならない。
○河川法〈1964年制定〉
第13条(河川管理施設等の構
造の基準)
河川管理施設又は法26条第1
項の許可を受けて設置される
工作物は、水位、流量、地形、
地質その他の河川の状況及
び自重、水圧その他の予想さ
れる荷重を考慮した安全な構
造のものでなければならない。
2 河川管理施設又は第26条
第1項の許可を受けて設置さ
れる工作物のうち、ダム、堤防
その他の主要なものの構造に
ついて河川管理上必要とされ
る技術的基準は、政令で定め
る。
○海岸法〈1956年制定〉
第14条(技術上の基準)
海岸保全施設は、地形、地質、
地盤の変動、侵食の状態その
他海岸の状況を考慮し、自重、
水圧、波力、土圧及び風圧並
びに地震、漂流物等による振
動及び衝撃に対して安全な構
造のものでなければならない。
2 海岸保全施設の形状、構
造及び位置は、海岸環境の保
全、海岸及びその近傍の土地
の利用状況並びに船舶の運
航及び船舶による衝撃を考慮
して定めなければならない。
3 ・・・主要な海岸保全施設
の形状、構造及び位置につい
て、海岸の保全上必要とされ
る技術上の基準は、主務省令
で定める。〈1999年大幅改定〉
○都市公園法〈1956年制定〉
第4条(公園施設の設置基準)
一の都市公園に公園施設と
して設けられる建築物の建築
面積の総計は、当該都市公園
の敷地面積の100分の2をこえ
てはならない。ただし、動物園
を設ける場合その他政令で定
める特別の場合においては、
政令で定める範囲内でこれを
こえることができる。
2 前項に規定するもののほか、
公園施設の設置に関する基準
については、政令で定める。
○港湾法〈1950年制定〉
第56条の2の2(港湾の施設に
関する技術上の基準等)
水域施設、外郭施設、係留施
設その他の政令で定める港湾
の施設は、・・・必要とされる性
能に関して国土交通省令で定
める技術上の基準に適合する
ように、建設し、改良し、又は
維持しなければならない。
・・・
第30条(道路の構造の基準)
道路の構造の技術的基準は、
道路の種類ごとに・・・政令で
定める。
・・・
〈2004年条文追加〉
○道路構造令〈1971年制定〉
○河川管理施設等構造令
○都市公園法施行令〈1956年制
〈1976年制定〉
定〉
○道路構造令施行規則〈1971
○河川管理施設等構造令施
行規則〈1976年制定〉
年制定〉
〈1973年条文追加、2003年大幅改
定〉
○海岸保全施設の技術上の
基準を定める省令〈2004年制定〉
○港湾の施設の技術上の基
準を定める省令〈1974年制定〉
技術上の基準の細目を定める
告示、施工に関する基準を定
める告示、維持に関し必要な
事項を定める告示を制定〈2007
告示
年制定〉
通知
※1
その他
※
2
各種局長及び課長通知(国道
管理者の自治体(補助国道)
に対して処理基準)
○海岸保全施設の技術上の
基準について局長通知(一部
が処理基準)
構造令及び同令施行規則の
改正の都度、同令及び規則の
運用にあたって留意事項を通
知。
技術上の基準に関し、適切な
解釈と運用に資するものとして、
局長通知。(一部が技術的助
言)
業務の参考として、都市公園
技術標準を通知。(地方自治
法第245条の4第1項に規定す
る技術的な助言)
技術基準等の運用やその解説を示した各種出版物(例:道路構造令の運用と解説(日本道路協会発行))
※1 通知には、地方自治法245条の9に基づく法定受託事務の処理基準としての国から地方自治体に対しての通知を例示
※2 その他には、地方自治法245条の4第1項に基づく技術的な助言としての国から地方自治体に対しての通知や、法令に基づく技術基準等の運用や解説を示した出版物等を例示
図-2 主要な土木構造物の技術基準等を定めている法律とその体系
また,工作物・構造物については,
「舗装の構造に関す
る技術基準」等の個別の工作物・構造物に関する技術基
準が国土交通省道路局長等により通知されており,これ
らの通知は,国道に関する基準として,国土交通省内部
部局,旧道路公団等に通知されているほか,指定区間外
の国道(いわゆる補助国道)の地方自治法 245 条の 9 に
基づく処理基準として地方自治体に通知している.
なお,
都道府県道及び市町村道については,地方自治体に対し
て参考として通知されている.
(3) 河川
河川においては,1964 年(昭和 32 年)に河川法が制
定され,その際に第 13 条に「河川管理施設等の構造の基
準」が定められている.また,河川法第 13 条に基づく政
令として,法制定から 11 年後に,1976 年(昭和 51 年)
に河川管理施設等構造令が定められおり,この法第 13
条については,法制定以来,改正を行っていない.さら
に同年に省令として河川管理施設等構造令施行規則が定
められている.
河川法においては,第 13 条において,河川管理施設等
の構造の基準として,
「水位,流量,地形,地質その他の
265
河川の状況及び自重,水圧その他の予想される荷重等を
考慮した安全な構造でなければならない」と定められ,
また,主要なものの構造について河川管理上必要とされ
る技術的基準は政令で定めるとされている.
政令である河川管理施設等構造令においては,ダム及
び,堤防,床止め,堰,水門及び樋門,揚水機場,排水
機場及び取水塔,橋,伏せ越しの構造について,定量的,
もしくは定性的な基準が定められている.また,河川管
理施設等構造令第 73 条において,
特殊な構造で国土交通
大臣が認めるものについて適用除外を設けており,手続
上の手間等が阻害要因となる可能性はあるものの,柔軟
な対応が可能となっている.なお,この特殊な構造に関
する適用除外につては,平成 9 年の河川法改正に併せた
政令改正時に設けられている.
(4) 海岸
海岸においては,1956 年(昭和 31 年)に海岸法が制
定され,その際に第 14 条に「築造の基準」が定められて
いる.この「築造の基準」には,
「海岸保全施設は,地形,
地質,地盤の変動,浸食の状況その他の海岸の状況を考
慮し,自重,水圧,波力,土圧及び風圧並びに地震,漂
流物等による振動及び衝撃に対して安全な構造のもので
なければならない」と定められ,また,主要な施設であ
る堤防,護岸,胸壁及び突堤の形状,構造並びに位置に
ついて,定性的に規定している.この法第 14 条は,3 回
の改正を経て,1999 年(平成 11 年)に全面的に改正さ
れた.1999 年の改正においては,海岸法の目的に「海岸
環境の整備と保全」及び「公衆の海岸の適正な利用」が
追加され,法 14 条も「築造の基準」から「技術上の基準」
に改めるものとされ,主要な施設の形状,構造並びに位
置について,定性的に基準を定めていたものから,省令
で定めるものへと変更された.
この 1999 年の改正を受け
て,2004 年(平成 16 年)に省令である海岸保全施設の
技術上の基準を定める省令が制定され,堤防,突堤,護
岸,胸壁,離岸堤,砂浜,消波堤及び津波防波堤につい
て,形状,構造及び位置に関する基準が,性能規定とし
て定性的に定められている.
また,同年に,省令の適切な解釈と運用に資するもの
として「海岸保全施設の技術上の基準について」が,農
林水産省農村振興局長,水産庁長官,国土交通省河川局
長及び港湾局長から都道府県知事宛に通知され,
一部は,
法定受託事務の処理基準となっている.
令の制定当初は,第 7 条において,
「公園施設に関する制
限等」として,運動施設の敷地面積の制限や,売店,メ
リーゴーランド,飲食店及びゴルフ場を設置できる都市
公園の面積の制限等が規定されていたが,1993 年(平成
5 年)の改正時に削除されている.
このように,公園については,公園施設の設置基準が
定められているものの,技術基準等においては,法令レ
ベルでの定性的な規定にとどまっている.
(6) 港湾
港湾においては,1950 年(昭和 25 年)に港湾法が制
定されているが,制定時においては,港湾構造物の技術
基準等は定められていない.1973 年(昭和 48 年)の法
改正時に,第 56 条の 2 に「港湾の施設に関する技術上の
基準」が追加され,港湾の施設は,省令で定める技術上
の基準に適合するように,建設し,改良し又は維持しな
ければならないと定められた.その翌年の 1974 年(昭和
49 年)に省令である港湾の施設の技術上の基準を定める
省令が定められ,主要な港湾の施設に関して,定量的,
もしくは定性的な基準が定められた.
現行では,2006 年(平成 18 年)に港湾法が改正され,
技術基準等については,第 56 条 2 の 2 として,港湾の施
(5) 都市公園
設に必要とされる性能に関して省令で定める技術上の基
都市公園においては,1956 年(昭和 31 年)に都市公
準に適合するように,建設し,改良し又は維持しなけれ
園法が制定され,その際に第 4 条に「公園施設の設置基
ばならないと改められ,性能規定の考えが導入された.
準」が定められている.法 4 条においては,公園施設と
併せて,2007 年(平成 19 年)に港湾の施設の技術上の
して設けられる建築物の建築面積が規定されているほか, 基準を定める省令が改正され,水域施設,外郭施設,係
「公園の施設の設置に関する基準は,政令で定める」と
留施設,臨港交通施設,荷さばき施設,保管施設,船舶
されている.
荷役用施設等に必要とされる性能について,全て定性的
政令である都市公園法施行令は,法律と同じく 1956
な規定に移行している.また,同省令に基づき,
「技術上
年(昭和 31 年)に制定され,現行の政令には,第 7 条に
の基準の細目を定める告示」
,
「施工に関する基準を定め
おいて,
「公園施設の構造」として,
「公園施設は,安全
る告示」及び「維持に関し必要な事項を定める告示」が
上及び衛生上必要な構造を有しているものとしなければ
示され,これらの中により具体的な規定が設けられてい
ならない」とのみ定められている.この条文は,2004 年
る.
(平成 16 年)の政令改正時に追加されたものであり,政
景観に関する直接的な規定の有無
裁量性に関する規定
海岸
都市公園
港湾
道路
×
×
×
×
×
×
省令におい
て、景観への
配慮を努力
規定
○
×
×
×
×
×
×
×
×
政令・省令 告示・通知
政令・省令 告示・通知
河川
河川
法律
法律
道路
海岸
都市公園
港湾
性能規定
定量的な規 定量的な規
定を含む(柔 定を含む(柔
軟規定を設 軟規定を設
定)
定)
性能規定
性能規定
性能規定
定量的な規
定を含む(柔
軟規定を設
定)
性能規定
―
性能規定
―
※景観に関する直接的な規定がある場合は○、ない場合は×と表記
図-3 各分野の技術基準等における景観に関する直接的な規定及び裁量性に関する規定の有無
266
3.技術基準等における景観への配慮に関する位置
付けの把握
各分野の技術基準等の体系の整理を踏まえ,
ここでは,
各技術基準等に景観への配慮がどのように位置付けられ
ているのかを把握する(図‐3)
.
まず,各技術基準等において,景観への配慮として,
景観に関する直接的な規定が,どのように位置付けられ
ているのか把握する.さらに,土木構造物の設計等に当
たっては,設計者等の創意工夫による多様な設計が可能
となっていることが重要であるが,そうした設計の際の
自由度に関わる事項として,ここでは基準の裁量性に着
目し,各技術基準等がどの程度裁量性を備えているかに
ついて分析する.
(1) 景観に関する直接的な規定の把握
各技術基準等について,
まず法律について整理すると,
地形や地質といった与条件の考慮や衝撃や水圧といった
外力の作用に対する安全性を定性的に規定している場合
がほとんどで,景観への配慮に関する直接的な規定を設
けているものは見受けられない.なお,海岸法において
は,海岸環境の保全を考慮することが規定されている.
次に政令,省令について整理すると,道路,河川,海
岸,公園については,景観への配慮に関する直接的な規
定を設けているものは見受けられないが,港湾について
は,港湾の施設の技術上の基準を定める省令の第 5 条に
「技術基準対象施設の設計,
施工又は維持に当たっては,
自然状況,利用状況その他の当該施設が置かれる諸条件
を勘案して,港湾の環境の保全,港湾の良好な景観の形
成及び港湾の保安の確保について,配慮するよう努める
ものとする.
」と定められ,
「港湾の良好な景観の形成」
に配慮することが努力規定として設けられている.
なお,
この規定は,2007 年(平成 19 年)の同省令改正時に設
けられている.
次に通知について整理すると,海岸において,
「海岸保
全施設の技術上の基準について」
(局長通知)1.2 に「海
岸保全施設の形状,構造及び位置は,目的,機能及び性
能への適合性に加え,海岸の機能の多様性への配慮,環
境保全,周辺景観への調和,経済性,維持管理の容易性,
施工性,公衆の利用等を総合的に考慮して適切に定める
ものとする.
」と定められ,本条文は,技術的な助言とし
て扱われているものであるが,
「周辺景観への調和」を考
慮することが定められている.なお,本通知は平成 16
年に発出されているものである.
その他には,国から通知されているものではないが,
例えば,
「道路構造令の解説と運用」
(日本道路協会発行)
においては,平成 16 年の改訂時に,
「道路の計画・設計
の考え方」が盛り込まれ,良好な景観の形成等の景観へ
267
の配慮に関する事項が記述されている.
(2) 技術基準等の裁量性に関する分析
道路については,道路構造令において、定量的な規定
を定めているが、こうした定量的な規定においても運用
幅を持った規定としている場合や,各規定にやむを得な
い場合の特例等の柔軟規定を設けている.また,舗装や
排水施設,交通安全施設,橋・高架の道路等の工作物・
構造物に関する基準は,性能規定や設置要件に関する定
性的な規定にとどめている.
河川については,河川管理施設等構造令において、定
量的な規定を定めているが、河川管理施設等構造令第 73
条において,特殊な構造で国土交通大臣が認めるものに
ついて適用除外を設けており,国土交通大臣の認可が必
要ではあるが、柔軟な対応が可能となっている.
海岸については,2002 年に海岸保全施設の技術上の基
準を定める省令が定められているが,性能規定として定
性的に定められ,多様な設計方法が可能となっている.
公園については,都市公園法施行令において「公園施
設は,安全上及び衛生上必要な構造を有しているものと
しなければならない」とのみ定められており,裁量性の
高い基準となっている.
港湾については,
港湾の施設の技術上の基準において,
2006 年(平成 18 年)の法改正,及び 2007 年(平成 19
年)の省令改正時に,施設に要求される性能のみを規定
し,施設の材料,寸法,工法,設計方法などの仕様を定
めない性能規定の基準に変更され,多様な設計方法が可
能となっている.
ただし,公共の安全その他の公益上影響が著しい施設
については,国土交通大臣の定めた設計方法を用いる場
合以外は,国又は登録確認機関による技術基準への適合
性確認が必要となっている.
4.考察
(1) 技術基準等の体系
いずれの分野においても,法律そのものには,定量的
な規定を設けておらず,与条件の考慮や外力の作用への
安全性を必要最小限の範囲内で,定性的に規定している
のみである.河川,道路においては政令で,構造物の定
量的な規定を設けており,仕様規定を含む一方,公園に
おいては政令で,港湾,海岸においては省令で,いずれ
も機能や安全性を定性的に規定しており,法令の範囲で
は性能規定となっている.景観への配慮に関する規定と
しては唯一,港湾の技術基準等において,2007 年(平成
19 年)の省令改正により,性能規定化と同時に「良好な
景観の形成への配慮」を努力規定として設けている.ま
た,各分野ともに,告示・通知のうち法的拘束力を有す
る技術基準等については,個別施設の設計方法等が規定
されているのみであり,景観に関する直接的な規定はな
い.なお,法的拘束力を有さない通知では,
「景観形成ガ
イドライン」など各分野で景観に関する指針が整備され
ている.
以上の通り,景観に関する直接的な規定は,港湾の技
術基準等にのみ定められているが,この規定は,
「港湾の
施設の技術上の基準を定める省令」において,設計にあ
たって配慮すべき事項が一つの条(第 5 条)となって定
められており,環境や保安などとともに,景観に関する
直接的な規定として,この条に含まれている.他の分野
においては,いずれも具体的な施設毎の規定を技術基準
等に定めているのみであり,港湾の省令にあるような,
設計にあたって配慮すべき事項が定められていない.こ
のように,技術基準等の規定に,設計にあたって配慮す
べき事項が特記されていることにより,景観に関する直
接的な規定が努力規定として盛り込まれる余地があった
ものと考えられる.
(2) 技術基準等の方向性について
港湾,海岸,公園の技術基準等は,すでに性能規定に
移行しており,道路や河川の技術基準等は,安全上最小
限の項目に対して仕様を規定しており,こうした仕様規
定においても,
柔軟規定が設けられている.
以上の通り,
いずれの分野においても設計の自由度に対する決定的な
阻害要因とはなっていないと考えられる.
法的拘束力を有する技術基準等については,全国的に
統一して定めることが必要とされる安全性等についての
最小限の基準が示されているものであり,また,国によ
る法令上の義務付けを必要最小限にとどめるよう要請さ
れている地方分権や地域主権等の議論を踏まえると,技
術基準等に規定を追加することは困難な傾向にあると考
えられる.
道路法の政令である道路構造令を例にすると,
2010 年(平成 22 年)9 月時点で審議中の「地域主権改革
の推進を図るための関係法律の整備に関する法律案」に
おいて,国道以外の道路については,地方自治体の条例
で技術的基準を制定することが検討されている.
以上を踏まえると,景観に関するこれまでの設計事例
等においては,裁量性の高い技術基準等の解釈により,
景観に配慮することが可能となってきたと考えられる.
今後の課題として,景観への配慮に関する位置付けが技
術基準等に規定されていることによって,実際の設計事
例に影響があったか,確認する必要がある.また,これ
まで景観に配慮した設計が行われてきている中,基準の
解釈によって可能となった事例があるか,また各技術基
準等が阻害要因となった事例があるか,ある場合はどの
基準についてどういった解釈で可能となったのか,もし
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くはどのような理由で阻害となったのか等について把
握・分析することが今後の課題となる.
5.まとめ
本論においては,まず,各技術基準等の体系の整理を
行い,法的拘束力を有する各分野の法令における技術基
準等の規定内容の違い等が分かった.また,技術基準等
における景観への配慮に関する位置付けの把握のため,
景観に関する直接的な規定が定めているか,また,各技
術基準等がどの程度裁量性を備えているのか分野横断的
に分析し,景観に関する直接的な規定は,港湾を除いて
ないこと,どの技術基準等においても,法的拘束力を有
する基準には安全性等の必要最低限の基準のみが定めら
れており,裁量性を備えているものであること,また,
性能規定化の流れや,地方分権の流れから,より一層,
裁量性の高い基準へと改正されつつあることが分かった.
今後の課題としては,各技術基準等の制定された背
景・経緯や,今回整理した技術基準等以外の基準類や指
針,ガイドライン等の整理を行い,さらに,実際の事業
に技術基準等がどのように反映あるいは影響を与えたの
かについて事例分析を行うことが必要であると考えられ
る.
参考文献
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史研究論文集,16 巻,pp.159-174,土木学会,1996
2)藤澤友祐ほか:近代橋梁の技術基準の変遷をふまえた景観保
全手法,土木学会年次学術講演会講演概要集,第4部/57 巻,
pp. 95-96,土木学会,2002
3)唐川洋二ほか:河川管理施設等構造令がもたらした土木遺産
の保存に対する阻害要因,土木史研究講演集,25 巻,
pp.433-440,土木学会,2005
4)
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土木技術資料,
Vol.13/No.1,
pp.48-52,土木研究会,1971