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1961年1月16日第3種郵便物認可 1993年3月1日
第386号(毎月1回1日発行1部50円)
(直心繋黎鱒についてはう
物解物躍物劣獅解物膨拶拶拶物吻解拶渉拶渉物露物露狛膨3賜鴎物膨渉物膨物曜
1993.3
京都で開かれた新年懇親会
搬蟹全日本仏教会JAPAN BUDDHIST FEDERATI・N
事業計画、
翻翻翻
評議員会
評議員会は議長に中村義英師、議事録署名
人に北山宏明、梨本哲雄の両師を選んで議事
に入った。
議案第一号﹁理事及び監事の変更について
承認を求める件﹂
議案第二号﹁平成五年度事業計画︵案︶に
ついて意見を求める件﹂
議案第三号﹁平成五年度歳入歳出予算︵案︶
について意見を求める件﹂
議案第四号﹁ルンビニー園マヤ堂修復事業
の今後の進め方について意見を求める件﹂
いずれも中村養より上灘担当部長が説+
明、質疑応答の後、原案賛成の意見が表明さ
れた。
理 事 会
理事会は、議長に石上理事長、議事録署名
人に上村正剛、江川辰三の両師を選んで議事
に入った。
議案第一号﹁常任理事の変更について承認
を求める件﹂
議案第二号﹁平成五年度事業計画︵案︶に
ついて承認を求める件﹂
議案第三号﹁平成五年度歳入歳出予算︵案︶
について承認を求める件﹂
一、8ρ
仏
全
1993年3月1日
本会の理事会・評議員会が、去る1月28日午後2時から、京都グラ
ンドホテルで開催された。会議では、平成5年度の事業計画案や歳入
歳出予算案等が審議され、緊急議題として「金峯山修験本宗本会加盟
の承認を求める件」が上程され、本会への加盟が承認された。
1993年3月1日
仏
全
, ’ ‘
いずれも石上議長より上程、担当部長が説
議案第四号﹁ルンビニー園マヤ堂修復事業
後、次の議案に入った。
現況についてのスライド放映があり、休憩の
平安仏教の評価はもとより、江戸時代を含む
行った。山折氏は日本仏教の可能性について、
文化研究センター教授・山折哲雄氏が講演を
理事会・評議員会終了後、午後四時半から、
﹁日本仏教の可能性﹂をテーマに、国際日本
山折哲雄氏が講演
の今後の進め方について承認を求める件﹂
近世仏教の再評価に話がおよび、①宗派間の
議案に関する議事が終了した後、理事会・
会場に、恒例の新年懇談会が開催された。
午後六時から、同じ京都グランドホテルを
おります。
11広く統一してご利用下さい11
花まつりの行事は年々盛大に行なわれてい
ますが、さらに全国的に浸透せしめるため、
全日本仏教会では写真のような統一したポス
ターを作成、広くご利用頂けるよう頒布して
馴 F
明、質疑応答の後、原案通り承認された。
議案第五号﹁金峯山修験本宗本会加盟の承
垣根を低くする、②山岳仏教の再考、③学問
評議員会に共通する報告事項として、黒田英
最初に山田恵諦会長が挨拶、来賓として出
明るい春の野に静かにに立って、天と地を
さすお釈迦さまの姿は、見る人の心に安らぎ
を与えることと思います。
ご利用下さい。
下記の要領にて頒布いたしますので各県仏、
都市仏、各寺院、幼稚園、保育園などで広く
◎定 価 一枚 百円
◎サイズ 七五㌢×五二㌢
◎申込先 東京都港区芝公園四−七
送料実費
−四 全日本仏教会
※送付に時間のかかることもありますので、
お早めにお申込み下さい。毎年ギリギリの申
込みで四月八日に間に合わないことがありま
すので⋮⋮。
無偽
つづいて、ルンビニi園マヤ堂修復事業の
認を求める件﹂
仏教からの脱却、の三つの課題を挙げられた。
之福岡県仏教連合会会長が、第三十五回全日
席した奥田幹生衆議院議員が祝辞を述べ、石
新年懇親会
両議案ともに石上議長より上程、担当部長
が説明、質疑応答の後、原案の通り承認され
本仏教徒会議九州大会の報告と謝辞を行った。
上理事長の発声で乾杯、約百五十名の出席者
た。
また、事務総局各部報告が、各担当部長から
によるなごやかな懇談がしばし続いた。
乾杯の発声をする石上理事長
行われ た 。
祝辞を述べる奥田衆議院議員
一3一
にあたっては、鎌倉時代という現実の歴史・
文化・社会に生きた禅師自身に、明らかな差
別意識が全く無かったとはいいきれず、﹁宗
祖無謬説﹂を前提にすることはできない。
の曹洞宗寺院の一住職によって引き起こされ
ることになったのが、一九入四年に広島県内
の課題を宗門として真正面から突き付けられ
る業論の基本的な理解ということに関し、こ
﹁道元禅師と業論﹂、あるいは宗門におけ
ついて
※ ※ ※
行った 。
と激論﹂をテーマに、要旨次のような発表を
駒沢大学教授・石川力山師が、﹁道元禅師
宗宗務庁会議室で開催された。
会が、昨年十二月十入日午後一時から、曹洞
第二十回﹁業・栴陀羅問題﹂に関する研究
から、前向きに解決する道が開ける。そして
自己のかかえる問題を﹁宗教的実存﹂の立場
を、主体的に把握する自己認識の問題である。
に、今、ここに、事実としてある自己の状況
② もう一つの業論とは、客観的考察の果て
論といえばこれが中心だった。
してきたという点で、ある意味では仏教の業
た環境の有無といった社会的な現象まで説明
の観念をもって、貧富や階級の上下、恵まれ
きな原因となった言論がある。すなわち、業
人生に最大の影響を与え、差別を生み出す大
ω 仏教における業論には、仏教徒の生活と
立脚点にしておきたい。
眼蔵﹄における業論を今日的視点から見直す
ことにより、道元禅師の特に十二巻本﹃正法
に未来世へ善業を積むことになるとする。
けとめるというのである。そしてそれが同時
なし得ることが、自らの宿善業の果として受
業果として受けとめる。そして正しい行為を
自らの現状をまず自らの責任とし、過三世の
㈹ 道元禅師は、客観的因果論というよりは、
いわば前向きの業論として語られている。
生きることによって、未来をよ毒よと険+
も現在をどう生きるか、すなわち現状をよく
㈲ ﹁三時業﹂の巻ではいずれのエピソード
されるのが、﹃眼蔵﹄の基本的な枠組である。
つまり仏道修行の順良法受ということで理解
の機会を持てたことと関連して理解される。
かし、基本的には業果としての善は仏道修行
るが、この中に宿業の考え方も出てくる。し
くった因が、いつ果を結ぶかという課題であ
ω ﹃眼蔵﹄の﹁三時業﹂は主に、現世でつ
た﹁家系図差別事件﹂である。その糾弾等を
この立場は、具体的な自己変革と社会にかか
ω 今後検討すべき課題として、﹁殺生﹂の
@石川 力山師︵三沢大島︶が発表
通して、﹁道元禅師の業観をどう見るか﹂、あ
わる内的な力を生み出す契機になるものであ
はなく、また今日の話もその要旨を出るもの
今のところ宗門の見解はこれを出るもので
対する宗門の見解である。
う課題に答えた形で出されたものが、業論に
なかった新しい課題である。この問題の検討
い歴史において、これまで探求されることの
連して禅師の人間観を見ることは、宗派の長
㈹ 道元禅師の業論について、部落問題に関
り、これを実存言霊論と定義する。
﹃正法眼蔵﹄には、道元禅師が存命中に、
二、﹃眼蔵﹄の諸車成本と十二巻本﹃眼蔵﹄
てきた問題など、多く残されている。
むしろ教学が規定され、差別に加担し助長し
問題や身分秩序との関連など、現実の側から
u業論﹂に関する宗門の﹁公式見解﹂に
るいは﹁道元禅師の人間観と部落解放﹂とい
@[email protected]@[email protected]
十.
A ’ 曹
昌;
一、
仏
全
1993年3月1日
1993年3月1日
仏
全
もしくはこれに近接する時代に編成巻目立が
.まり、禅師が言う業・因果とは、まさしくこ
るが、十二巻本特有の引用は﹃浬繋経﹄であ
﹃眼蔵﹄には多くの経論書が引用されてい
と見られる。
は社会的脈絡における意味は含まれていない
しかし、道元禅師が捉えた﹁一睡提﹂には、
﹃浬繋経﹄でいうような種姓や属性、あるい
一5一
r 、
常に殺生・肉食を業としている﹁施陀羅﹂で
である。﹃密蔵﹄の諸編成本の検討は、禅師
る。﹃黒田経﹄による被救済者の人間的原点
五、﹃正法眼蔵﹄﹁三時業﹂と業論に関する見
あるとされ、加えてその属性を﹁一心提﹂と
の仏道体系の捉え方を探る目安になり、その
の把握は、鎌倉仏教の一種の流行現象である
通し
の生々世々にわたる仏道修行の業・因果以外
意味から十二巻本は禅師の﹁業の体系﹂だと
が、禅師の﹃浬藥経﹄引用は、あくまでも十
十二巻本の中でも特に重要な﹁三時業﹂の
なざれたテキストとして、七十五・六十・十
この十二巻本を重んずるとは、従来の﹁只
二巻本全体の趣旨、つまり出家・修行を因と
巻は、全体をほぼ有部の論書である﹃大毘婆
いう教学のことばで語られるようになった。
管打座﹂﹁本証妙修﹂で語ってきた道元禅の
して、成仏・得道の果を期することを徹底さ
沙論﹄の引用で構成し、これにコメントをつ
にあり得なかった。
特色を﹁般若尊重﹂﹁深信因果﹂で見直し、
せるための直証であり、﹃浬忍野﹄が本来意
けるという形で展開する。
二・二十八の各巻本がある。中でも十二巻本
本覚思想を批判することである。因果を深く
図した仏性・如来確説の主張は全く敷術され
ここに﹁施陀西行﹂として、払拭しきれな
三、十二巻本﹃眼蔵﹄の﹃浬藥経﹄引用
信ずるとは、業は消えることはないと自覚す
ていない。
行﹂とはインド的社会事象の枠組で見れば、
、 ρ L ,
で ・
一’r 甲
は、禅師最晩年の説示を自ら編集されたもの
ることであり、これは自己のいかなる行為に
四、﹃浬藥経﹄の﹁一落提﹂﹁栴陀羅﹂の社会
いえる。
対しても責任を持つことである等の論の継承
的位相と﹃眼蔵﹄について
い宿業説が出てくる。すなわち、﹁栴陀羅の
すべき諸点を踏まえ、最晩年の主張であるこ
教的には悪業になる。従ってそのような視点
殺生を生業としているということになり、仏
における﹁一聞提﹂とは、社会事象でいう﹁栴
を前提とし、社会事象における様々な枠組を
ここで提供したい一つの問題は、﹃捏看経﹄
生涯の総括で、出家の道を選び歩み続けて間
陀羅﹂の存在を、教学的に﹁一撃提﹂として
とを前提にするなら、十二巻本は禅師自身の
違いなかったという趣旨に貫かれている。つ
ることは明らかであり、闘えとしても使えな
曲論の枠組として、過去世というものを前
いことばである。
る。肉食の全面禁止は、律の解釈における大
が必要であろう。しかし、その懲懲にどのよ
れからの課題である。
うな宗教性を付与できるのかということはこ
提としない、すなわち、今からだという難論
される。しかし、ある時期、一切の肉食と殺
乗仏教の結論で、律では本来、波羅夷罪は﹁殺
生が禁止され、これが現実の社会において、
人﹂、肉食も﹁人肉﹂等の例外を除いて許容
食と殺生の全面禁止ということと連動してい
この﹁一踏面11施陀羅﹂説の根拠は、肉
持つ﹁栴陀羅﹂ということばは、差別語であ
・煮 ︾
いるのではないかということである。
石川 力山師
神社本庁総務部長
ことには問題がないと思う。
かということが議論になる。靖国神社に対す
ただし、公人としての関わり方がどうなの
る参拝方法にはいくつかの形が考えられる。
一つは自分達の信仰に基づいて参拝するとい
う方法、もう一つは表敬という形である。大
※ ※ ※
て、要旨次のような見解を述べられた。
神社をめぐる基本的諸問題について﹂と題し
た神社本庁総務部長・落合偉準準は、﹁靖国
で開かれた。委員会に参考人として出席され
するのは、それはそれで結構であるが、一国
政治家等がきて神社の伝統にしたがって参拝
ば、国家護持については反対である。つまり、
る﹃靖国神社をより良く知るために﹄によれ
立場は、松平永芳靖国神社前宮司の著書であ
番の主眼であるが、これに対して靖国神社の
公式参拝の運動は、神社本庁において今一
人が参拝できるようにする等である。
ていたものと信じ込んで今日に至っている。
が戦前の神社運営は総て国家が行い、経常費 卜
一
等までも、ことごとく国費によって経理され
に誤解を生む一つの原因となり、多数の同胞
出したかは定かではないが、この言葉が非常
様々な議論があるが、松平前宮司によれば、
それから、靖国神社の国家護持に関して
私自身は理解をしている。
落 合
靖国神社の問題に関し、大部分の論議が、
の総理が単なる敬意を表するとか、そういう
これは大きな考え違いであって、経常費も
多数の遺族の方はこの表敬を望んでいると、
十分野る基礎知識、事実の確認ができていな
政治的な意向で勝手に宗教色を薄めるという
大部分は奉納金︵初穂料・玉串料・寄付金等︶、
第二回信教の自由に関する委員会が、去る
いで展開されている。
ことについては、まったく失礼千万であると
きた。
きではないかという意見がかなり強くなって
総理大臣以下各閣僚が靖国神社へ参拝をすべ
それから国家の為になくなった人に対して、
が提出され、廃案になって現在に至っている。
いう感覚は持っていない。何人も信教の自由
が靖国神社に参拝をすること自体が違憲だと
つの大きな疑問である。私自身は単純に総理
ぜこんなに裁判が起こるのかということが一
政教関係の裁判が多数起きている。まず、な
総理の靖国神社公式参拝をはじめ、現在も
十七年度と二十年度に於ける比率を示すと、
世によって当然波があった。たとえば、昭和
この国庫支出金額と社頭収入との比率は時
の実情について紹介をしている。
として、神社保管記録の内から、国庫支出
よっていたのであった。﹀
お審銭、おまもり授与料等、所謂社頭収入に
この﹁国家護持法案﹂も内容については様々
が保障されており、それが総理であろうと、
@度︶ ︵社頭収入︶ ︵国庫供進金︶︵尊上百分率︶
な問題、考え方がある。すなわち、宗教的色
一月二十二日午後一時から、明照会館会議室
戦後になり、靖国神社を国家護持するとい
いうのである。
︿戦後、﹁国家護持﹂という言葉を誰が唱え
う動きがあり、過去に何回か﹁国家護持法案﹂
岳
ごく普通の人であろうと、参拝をするという
昭和十七年 約二十九万円 一万二千円 約二・四%
一、一一2
r
ナ A
一 ∫
偉
彩を一切取り除き、鳥居も撤去して、全ての
(年
仏
全
1993年3月1日
1993年3月1日
仏
全
それは認められていないという立場にあり、
判決を下した方々は日本の国内法においては、
史料を提示し、連合国側が東京裁判によって
殉難者靖国神社合祀の根拠﹂の中で、様々な
が多数あった。しかし、松平前宮司は﹁昭和
て合祀するという立場をとり、これに対して
﹁A級戦犯を祀るとは何ごとだ﹂という世論
東京裁判におけるA級戦犯の取り扱いがあっ
それからまた大きな問題として、いわゆる
たりするケースは当然ある。あるけれども、
的な儀式・行事・祝典を主催したり、拘わっ
い歴史と伝統で、国家や地方公共団体が宗教
い﹂という条項がある。それは、我が国の長
儀式又は行事に参加することを強制されな
た第二項には﹁何人も、宗教上の行為、祝典、
は、何人に対してもこれを保障する﹂と、ま
当然とられた措置なのである。したがって、
﹃憲法二十条﹄の第一項には、﹁信教の自由
されているのではなくて、宗教法人に対して
制﹂というようなことをいうが、それは優遇
こういう問題に対して﹁宗教法人の優遇税
自身が宗教的な儀式・行事・祝典を主催をし
の判決によれば、﹁主催をしても、そのこと
昭和五十二年の﹁津地鎮祭訴訟﹂の最高裁
信教の自由の保障なのである。
ないという部分が、いわゆる少数者に対する
判別できないという人に、強制をしてはなら
当然であると考える。ただし、それを信仰上
るのであれば、国の儀式をして行われるのも
て、伝統通り、先例通り、その神事が行われ
したがって、国の儀式として行う条件とし
いうことは、非常に問題があるかちである。
る部分を含んでいる儀式というものをやると
その責任において、伝統的な、極めて神聖な
同 二十年 約百二十万円 一万二千円 約○・六%
神社として他の遺族と同様に合祀申し上げ、
その儀式等に参加するのを強制してはいけな
た。松平前宮司はA級戦犯も昭和殉難者とし
お祀りして当然であるとする。
い、・とこういう条文だと私は理解をしている。
教団体が一般団体と違った、世俗以外の聖な
全く無関係に切り離されるものではなく、宗
は保障できるのである。それは国家が宗教と
囲内で我が国において、あるべき信教の自由
関して﹃憲法﹄は改正せずとも、十分その範
方法も十分あり得る。すなわち、この条項に
統に則して、日本国民にあった運用と解釈の
るのではないかと考える。しかし、日本の伝
考いただきたいというものだった。国事行為
に従って国家の重儀として﹁大嘗祭﹂を御再
かった。私共のこの時の主張は、皇室の伝統
﹁大嘗祭﹂については国事行為にはならな
国事行為として執り行われた唯一の例である。
室の伝統に則って執り行われている。これは
昭和三十四年に、﹁賢所御前の儀﹂として皇
り行われている。また、今上陛下の御成婚が
の葬儀が仏式や神道式で、公の行事として執
で執り行われたケースは多々ある。総理大臣
事実、終戦後に宗教的な儀式等が公の主催
ってくる必要がないのではないかと思う。
政教分離に関する問題は起こらないし、起こ
ものを正確に理解をして行けば、これだけの
したがって、この最高裁の一つの判決という
らないという判断が出されている訳である。
目的効果基準から見て、宗教的活動にあた
ている。しかし、地鎮祭の場合には、これは
典、即、宗教的活動﹂という理解の仕方をし
学者、法学者は、﹁宗教的な儀式・行事・祝
ついて、従来から我々と立場を異にする憲法
ている。﹃憲法二十条﹄の第二項と第三項に
にあたるかどうか、イコールではない﹂とし
において禁止されているところの宗教的活動
ξそれがただちに.憲法二+条﹄第三項+
﹃日本国憲法﹄の解釈の仕方について、多
る領域においてはたす役割が、十分に大切な
を主張しなかった理由は、例えば﹁大嘗祭﹂
数の政教問題が惹起されているということの
ものなのだという認識が﹃宗教法人法﹄の根
が国事行為になったとすれば、世俗の内閣が
一つの問題は、﹃憲法﹄そのものに不備があ
底にはあるからである。一般のマスコミ等が
︻訂正︼
日宗連理事会
二十五日 杉山本願寺総務就任祝賀会出席
二十六日 ルンビニi委員会
二十九日 神奈川県仏教会新年会出席
二十入日 理事・評議員会、新年懇親会
て、﹁岡部法順﹂師と掲載いたしました。こ
一二月1
三日
基本法中央集会出席
法律相談室
○仏旗︵大︶たて蜘㎝よこ㎜㎝三二、○○○円
○豪酒︵中︶たて90㎝よこ燭㎝一二、○○○円
○仏旗︵小︶たて70㎝よこ㎜㎝ 九、三〇〇円
○手 旗 たて35㎝よこ50㎝ 八、○○○円
○法輪旗 昌たて90㎝よこ燭㎝ 七、四〇〇円
、お申し込みは全日本仏教会財務部
鱒 齢 一
奪 ◇ 驚 奪◇ 噂◆
毒 ◆曝 ◆奪
◆ も6 毒◆
も ◇奪 ◆亀
◆ 爆◆ 奪◆
◆噂
◇嘩
ら◆
≠ 餅
店構 ⋮
ψ ψ
φ φ
ψ ψ
f・毒◆も◆ら◆も◆も◆も6・爆◆ら◆も◆も◆も◆辱◆与◆ら◆曝◇奄◆む
〒︼〇五 東京都港区芝公園四−七−四
本 仏 教
会
} [ へ
前号、年賀広告中で﹁藤政昭﹂師を誤って、
﹁藤正昭﹂師と、また﹁岡田法順﹂師を誤っ
こに訂正するとともに、つつしんでお詫び申
二日
四日
北之内膳龍師追悼会出席
栃木県仏教会大会出席
局内会議
+七日
同和委員会・研究会
+日
+八日
二+五日
局内会議
十九日∼二十
四
日
ネパール現地調査
二+六日
日
全日本仏教婦人連盟修正会出席
し上げます。
瀬辺 淳信︵前聴骨副会長︶
一月二十三日、八十五歳で遷化
前愛知県仏教会会長
守山 良順︵元全仏副会長︶
一月三十一日、九十一歳で遷化
前浅草寺貫首
ア量務︷局儲録董彰§
(天台座主硯下)
発行人 旗 本 宏 昌 発行所 財団法人 全
山田恵諦会長 ご染筆
7 ’; ご一
ρ》 ,{
「 P 塾 , 軸
1嗣月−
入日 局内会議
十三日 埼玉県佛教会新年会出席
文化庁協議会出席
十四日 法律相談室
十七∼二十四日 ネパール現地調査
十八日 同和委員会
二十日 自民党大会出席
二十二日 局内会議
信教の自由に関する委員会
一 一へ、
一九九三年三月一日発行
2,000円
箱入
一 仏
全
1993年3月1日