中学生における教室と保健室の 「居場所」 - 愛知教育大学学術情報

愛知教育大学保健環境センター紀要Vol.9
研究論文
中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的
機能の比較
一学校享受感の視点からー
今吉
このみ1),長江
美沙2),五十嵐
哲也3)
【要旨】中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的機能について,学校享受感の視点から
検討した。その結果,「被受容感」「精神的安定」「行動の自由」「思考と内省」「自己肯定感」については,
保健室よりも教室に強くそれらの機能を感じていることが示された。また,保健室よりも教室に「精神的
安定」「行動の自由」「思考と内省」を強く感じる生徒の方が,学校享受感が高かった。このことから,教
室よりも保健室に強く「精神的安定」「行動の自由」「思考と内省」を感じている生徒の場合,学校適応に
何らかの問題を抱えている可能性を示唆している。担任と養護教諭の連携から,各場所での生徒の状況を
把握する必要があろう。
キーワード
「居場所」,学校享受感,保健室,教室
安心することができる場所」3),「自分が自分で
I.問題と目的
いるための環境」4),「自分が自分らしくいるこ
とができる場所」5)などのように,ありのまま
近年,子どもの心の居場所づくりが必要であ
ると言われるようになった。その背景には,
の自分を受け入れてくれる存在として位置付け
1980年代に不登校の問題が急増したことがあげ
ているものがある。また,単に受け入れられる
られる。子どもたちが,学校を自分の居場所と
だけでなく,「一人ひとりの個性が大切にされ,
して考えられないことがその要因になっている
自分の能力が十分に発揮でき『自己存在感』を
のではないかと推測され,それ以降,不登校の
得られるような,精神的に安定できる場所」6)
子どもたちに居場所を求める考え方が広まった。
のように,その場所での活動にまで言及したも
さらに1992年には,文部省学校不適応対策調査
のも散見される。しかしながら,近年の居場所
研究協力者会議1)が報告をまとめ,学校内の
づくりに関する取り組みの動向を踏まえると,
様々な場所が心の居場所になりえること,保健
具体的な物理的場所の状況をも検討する必要が
室も心の居場所のひとつであることが指摘され
あると考えられる。そこで,本研究では,「『こ
た。このような状況をもとに,文部科学省生涯
こが自分の居場所である』と自己認知している
学習政策局生涯学習推進課は「子どもの居場所
場所であり,日常生活の具体的な場所であるこ
づくり新プラン」2)を発表し,学校内外での心
ととする」7)という定義に従うこととした。
ところで,「居場所」研究は,どのようになさ
の居場所づくりへの具体的な取り組みが進んで
れているのであろうか。例えば,小畑・伊藤8)
いる。
は,心の居場所が「対人関係」「娯楽」「休息・
なお,「居場所」という言葉の定義については,
排泄・食事」「家・部屋」「活動」「自己。孤独」
人がいる場所という物理的な意味があげられる。
しかしながら,心理学的な研究の上では,「児童
「自然」「場所・建物」「その他の具象語」「その
他の抽象語」に分類されることを指摘した。ま
生徒が存在感を実感することができ,精神的に
た,沖田6)は不登校の子どもの居場所について,
平成22年12月6日受理
「主体的一客体的」「制度化一非制度化」の2軸
1)メリ谷市南部適応指導教室
によって分類している。このように,「居場所」
2)名古屋市立緑区扇台中学校
研究では,場に応じた特性の理解を目指すこと
3)愛知教育大学養護教育講座
により,子どもたちに必要な「居場所」とは何
かが検討されていると言えよう。こうした研究
igarashi@auecc.aichi-edu.ac.jp
4j
中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的機能の比較一学校享受感の視点からー
動向に関連する学校内における検証としては,
「ぜんぜんあてはまらない」の4件法で実施した。
教室・体育館・保健室・職員室・校庭。廊下・
下位尺度は,「被受容感」「精神的安定」「行動の
登校の道・下校の道の分析9
自由」「思考と内省」「自己肯定感」「他者からの
)10)や,教室・保健
室・相談室の検討を行った研究11)が認められる。
自由」の6因子構造である。これについては,
特に杉本。庄司11)では,杉本。庄司7)の詳細な
教室と保健室をそれぞれ想定させ,各場所での
「居場所」機能(「被受容感」「精神的安定」「行
感じ方を回答させた。なお,(1)で「行ったこ
動の自由」「思考と内省」「自己肯定感」「他者か
とがない」と回答した者は,想像して答えるよ
らの自由」)を検討しており,校内での居場所づ
うに求めた。
くりを推進する上で有用性が高いと示唆される。
(3)学校享受感
しかしながら,先行研究においては,これら
古市12)の学校生活享受感情測定尺度13項目を
の「居場所」がいかなる心理的機能を有するの
用い,「はい」「はいに近い」「いいえに近い」
かという点までは言及していても,それらが学
「いいえ」の4件法で実施した。なお,本尺度に
校享受感にどのような関連性を示すかは検証さ
は採点対象外項目3項目が含まれているため,
れていない。各個人がどの機能をどの場に求め
これらは得点から除外した。
やすく,その希求する場の違いは学校享受感に
いかに関与しているのか。この点を明らかにす
3。調査時期と手続き
ることは,場に応じた支援策を検討する上で重
2009年9月に,調査協力者である担任教師に
要な視点を提供するものと考えられる。
実施を依頼し,授業時間の一部を用いて各学級
したがって,本研究では,不登校が急増する
で一斉に回答,回収された。質問紙は無記名で
中学生に焦点を当て,その校内での「居場所」
行なった。
の検討を行う。場としては,多くの生徒が利用
する機会があり,また教職員が常駐する場所で,
Ⅲ。結果
かつ場によって支援者が異なるところを想定し,
教室と保健室の比較を行うこととした。この2
1.保健室の来室状況と性別による各場所の
「居場所」としての心理的機能の比較
つの場における「居場所」としての心理的機能
の比較を行い,それらの差異がどのように学校
まず,保健室の来室状況の実態を検討したと
享受感と結びついているのかを検討したい。
ころ,「行ったことがない」は30名(15.15%),
「以前行ったことがある」は114名(57.58%),
「たまに行く」は49名(24.75%),「よく行く」は
Ⅱ。方法
5名(2.53%)であった。このように,「よく行
1.調査対象
く」と回答した者が少なかったため,以降の分
A県内の中学生211名を対象とし,調査を行っ
た。しかし,13名の回答不備を認めたため,
名を分析の対象とした。
析では「たまに行く」と合わせて同一の群とし
198
て扱うこととした。
1年生66名(男子30名,
その上で,保健室への来室状況と性別によっ
女子36名),2年生63名(男子30名,女子33名),
て各変数に差が見られるかを検討した。その結
3年生69名(男子37名,女子32名)であった。
果,保健室における「居場所」としての機能
また,有効回答率は93.84%であった。
(Table 1)については,「思考と内省」において
交互作用が認められた。単純主効果の検定を行
2。調査内容
なったところ,性別では女子で有意であり,「以
フェイスシートで学年,性別を尋ねた後,以
前行ったことがある」より「よく行く,たまに
下の項目を尋ねた。
行く」の得点が高かった。保健室来室状況では
(1)保健室来室経験
「よく行く,たまに行く」で有意であり,男子よ
保健室に来室したことがあるかどうかについ
り女子の得点が高かった。その他,「被受容感」
て,「行ったことがない」「以前行ったことがあ
で性別,「精神的安定」で来室状況,「行動の自
る」「たまに行く」「よく行く」の4件法で実施
由」で来室状況と性別,「自己肯定感」で来室状
した。
況,「他者からの自由」で性別の主効果が,それ
(2)「居場所」としての心理的機能
ぞれ認められた。
杉本。庄司7)の「居場所」の心理的機能を測
教室における「居場所」としての機能(Table
定する尺度35項目を用い,「とてもよくあてはま
2)については,「思考と内省」において交互作
る」「まああてはまる」「あまりあてはまらない」
用が認められた。単純主効果の検定を行なった
祁
愛知教育大学保健環境センター紀要Vol.9
Table 1
保健室来室状況と性別による「保健室の居場所としての機能」の差
来室状況①
男
M
女
n=20
SD
M
男来室状況②女
n=9
SD
M
n=51
SD
M
来室状況
男来室状況③女
n=59
SD
M
n=23
SD
M
性別
交互作用
F値
F値
n=29
F値
SLニ)
被受容感
1.75(.93)
1.97(.73)
1.83 (.74)
2.01(.73)
1.74 (.75)
2.38 (.67)
.85
7.12"
1.72
精神的安定
1.76(.86)
1.76(.42)
1.79 (.72)
2.03(.75)
1.96 (.83)
2.52 (.80)
4.27 *
3.81
1.24
行動の自由
1.53(.74)
1.71(.49)
1.70 (.63)
1.74(.69)
1.73 (.80)
2.30(.83)
3.76*
4.27*
2.31
思考と内省
1.46(.83)
1.89(.89)
1.62 (.74)
1.71(.74)
1.58 (.78)
2.45 (.93)
3.61* 11.29"
4.23*
自己肯定感
1.26(.75)
1.38(.49)
1.42 (.67)
1.39(.55)
1.57 (.83)
1.98 (.77)
6.18 "
1.95
1.78
他者からの自由
1.55(.90)
2.33(.97)
1.87 (.93)
2.19(.97)
__ ‥‥‥
1.68 (.79)
2.60 (.85)
.45
17.77"
*来室状況①:行ったことがない
り<.05
2.11
**77<.01
来室状況②:以前行ったことがある
来室状況③:たまに行く,よく行く
Table 2
保健室来室状況と性別による「教室の居場所としての機能」の差
来室状況①
女
男
n=20
M
SIニ)
男来室状況②女
n=9
M
SD
n=51
M
SL)
n=59
M
来室状況
性別
交互作用
F値
F値
F値
男来室状況③女
n=23
SD
M
n=29
SD
M
SD
被受容感
3.17 (.78)
3.43 (.37)
2.99 (.66)
3.21 (.68)
2.78 (.94)
3.32 (.61)
1.11
精神的安定
2.97 (.86)
3.12 (.69)
2.84 (.78)
2.89 (.74)
2.78 (1.00)
3.24 (.67)
.89
行動の自由
2.56 (.66)
2.62 (.75)
2.62 (.69)
2.43 (.73)
2.45 (.87)
2.67 (.67)
.12
.05
思考と内省
2.19 (.64)
2.25 (.76)
2.38 (.79)
2.14 (.68)
2.03 (.89)
2.76 (.73)
.73
1.98
自己肯定感
2.56 (.89)
2.72 (.63)
2.56 (.82)
2.26 (.82)
2.32 (1.02)
2.70 (.67)
.92
.30
3.24'
他者からの自由
1.83 (.80)
2.00 (.54)
2.09 (.76)
1.80 (.63)
2.17 (.99)
2.12 (.73)
1.42
.20
1.25
*来室状況①:行ったことがない
来室状況②:以前行ったことがある
7.45**
.90
2.73
*p < .05
1.19
1.45
7.33 "
**ρ<.01
来室状況③:たまに行く,よく行く
ところ,性別では女子で有意であり,「以前行っ
かった。しかし,それ以外については,全て有
たことがある」より「よく行く,たまに行く」
意な関連が認められた。以上については,
の得点が高かった。保健室来室状況では「よく
3に示した。
Table
行く,たまに行く」で有意であり,男子より女
Table3
子の得点が高かった。また,「自己肯定感」でも
保健室と教室の心理的機能と学校享受感の関連
学校享受感
交互作用が認められた。単純主効果の検定を行
なったところ,性別では女子で有意であり,「以
(保健室)
前行ったことがある」より「よく行く,たまに
被受容感
.29**
行く」の得点が高かった。保健室来室状況では
精神的安定
.31**
「以前行ったことがある」で有意であり,女子よ
行動の自由
.14
思考と内省
.18*
自己肯定感
.15*
他者からの自由
.09
り男子の得点が高かった。その他,「被受容感」
で性別の主効果が示された。
(教室)
2.各場所での「居場所」としての心理的機能
被受容感
.56**
精神的安定
.69**
的機能は,学校享受感とどのように関連してい
行動の自由
.50**
るのかを見るために,
Pearsonの積率相関係数を
算出した。その結果,「保健室における行動の自
思考と内省
.38**
自己肯定感
.51**
と学校享受感との関連
保健室と教室それぞれに感じる居場所の心理
他者からの自由
由」と「学校享受感」,「保健室の他者からの自
.37**
*p<.05
由」と「学校享受感」には有意な差がみられな
47
"p<.01
中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的機能の比較一学校享受感の視点からー
3。各場所に対する「居場所」としての心理的
以上の手続きによって作成された2群間の学
機能の強さに関する個人内比較
校享受感の差について,t検定により比較した
生徒は,どのような居場所機能を保健室に強
(Table 5)。その結果,保健室よりも教室に「精
く感じ,あるいは教室に感じやすいのか。この
神的安定」「行動の自由」「思考と内省」を強く
点を調べるため,それぞれの心理的機能につい
感じる生徒の方が,有意に学校享受感が高かっ
て対応のあるt検定を行った。その結果(Table
た。その他については,教室群と保健室群に差
4),
「被受容感」「精神的安定」「行動の自由」「思考
は認められなかった。
と内省」「自己肯定感」について有意差が見られ
φ<。01),いずれも教室の得点が高いことが示さ
Ⅳ。考察
れた。「他者からの自由」については,有意差は
見られなかった。
1.保健室の来室状況と性別の違いによる各場
所での「居場所」機能の差
Table 4 教室と保健室における
「居場所」の心理的機能の個人内比較
保健室
M SD
教室
M
(1)教室の「居場所」機能
教室では,女子の方が「被受容感」を強く感
じているという結果が得られた。また,教室で
t値
SD
の「自己肯定感」では,保健室に「以前行った
被受容感
1.95 (.77)
3.11 (.71)
-18.70**
ことがある」と答えた男子は,女子よりも得点
精神的安定
1.98 (.79)
2.92 (.79)
-15.19**
が高かった。
行動の自由
1.80 (.74)
2.54 (.72)
-11.69 "
思考と内省
1.77 (.83)
2.30 (.77)
-9.78 "
自己肯定感
1.50(.70)
2.47 (.83)
-15.51**
2.05 (.96)
1.98 (.75)
他者からの自由
これらの結果を考え合わせると,男子は教室
という「居場所」において自分で自分を受け入
れられていることが,女子は他人から受け入れ
.85
られていると感じることが重要だと示唆される。
**77<.01
高旗。山本13)や高倉14)は,友人関係が学校適応
やストレスに及ぼす影響は,男子よりも女子の
4。「居場所」としての心理的機能を強く感じ
ほうが大きいことを示している。本間15)は,中
る場所の違いによる学校享受感の差
学生を対象とした登校をめぐる意識の変化や欠
保健室と教室のどちらに「居場所」の心理的
席,欠席願望の抑制要因を検討した研究で,欠
機能を感じるかで,学校享受感にどのように影
席促進理由の「学校不安」,登校理由の「学校魅
響するのかを調べるため,居場所の心理的機能
力」,不登校生徒への評価意識の「配慮・共感」
を教室よりも保健室に強く感じる群と,居場所
で男女に大きな有意差が認められ,いずれも女
の心理的機能を保健室よりも教室に強く感じる
子が高かったと示している。このことは,女子
群に分け,2つの群の学校享受感に差があるか
が男子に比べ,学校内の対人関係のプラス感情
を検討することとした。
もマイナス感情も両方に強い関心をもち,その
群分けの方法は,居場所の各下位尺度得点に
影響を受けやすい傾向を示している。さらに落
ついて保健室と教室の差を算出した。その上で,
合・佐藤16)によると,女子の場合は,友人と理
いずれの場所への得点が高いかという基準によ
解しあい共感し共鳴しあうといった,お互いが
って,保健室群と教室群に分けた。保健室と教
ひとつになれるような関係を望んでいることが
室における各居場所得点が同点であった者は,
示されている。また,男子の場合は,自分に自
分析から除外した。
信をもち,友だちと自分は異なる存在であると
Table 5
各「居場所」機能の教室群と保健室群における学校享受感の比較
教室群
n
被受容感
164
M
保健室群
SD
n
26.47 (6.97)
6
M
SD
18.33 (8.50)
t値
2.32
精神的安定
146
26.96 (6.82)
17
21.94 (6.61)
2.95**
行動の自由
131
27.14 (6.85)
22
22.59 (7.17)
2.77*
思考と内省
116
26.50 (7.13)
16
23.38 (5.40)
2.08*
自己肯定感
141
26.74 (6.58)
10
24.70 (7.18)
.86
他者からの自由
161
25.75 (7.54)
10
25.10 (8.09)
.25
*p<.05
4
8
**p<.01
愛知教育大学保健環境センター紀要Vol.9
いう認識をもって友だち付き合いをしているこ
く感じるということは,「一人」,「集団」といっ
とが示されている。
た枠組のみではとらえきれない役割が保健室に
以上を踏まえると,女子にとって,多くの友
人と共感し共鳴しあうという付き合い方が教室
はあるのではないだろうか。
「思考と内省」では,来室頻度の高い女子が,
を「居場所」と感じさせる反面,その「居場所」
低い女子に比べ高い得点をとっていることがわ
での友人関係が上手くいかなかったときに大き
かった。酒井・岡田・塚越2o)は,中学校保健室
なストレスを感じることが推察される。一方,
頻回来室者にとって,保健室の意味は『プラス
男子においては,教室を「居場所」であると感
イメージ空間(保健室に対して好印象を抱いて
じる背景要因に他人の存在はそれほど影響せず,
いること)』,『ピア空間(保健室にいる他の生徒
自分の考えや意思を重要とする傾向があること
に仲間意識をもつこと)』,『リセット空間(保健
が推察される。
室に入室することで次の行動へのエネルギーを
(2)保健室の「居場所」機能
得たり,自己調整できたりすること)』,『まなび
保健室では,女子の方が「被受容感」「行動の
舎(養護教諭との関わりの中で,生徒自身が保
自由」「思考と内省」「他者からの自由」を強く
健室で成長している,学んでいると思うこと)』
感じているという結果が得られた。女子は,保
であるとしている。頻回来室者にとっての保健
健室に来室することで,保健室を居場所と感じ
室の意味4つのうち『リセット空間』や『まな
るような様々な心理的機能をより強く感じとっ
び舎』は,自己を振り返ったり考えたりしてい
ていると推察される。また,保健室への来室頻
る点で「思考・内省」にあたると言える。した
度が高い生徒は,保健室に高い「被受容感」「精
がって,本研究の結果も酒井・岡田・塚越Jに
神的安定」「行動の自由」「思考と内省」「自己肯
一致していると考えられる。
定感」を感じていることが認められた。中村17)
「行動の自由」についても,以下のようなこ
によると,「居場所」と感じられるのは,日常生
とが推察される。すなわち,保健室はけが人や
活に密接した具体的な場所であることが示され
病人の処置をするための部屋なので,生徒の行
ている。来室頻度が高ければ高いほど,生徒に
動は制限される場合がある。さらに,ほとんど
とって保健室は日常生活により密接した場所に
の時間において養護教諭が常駐しているため,
なるであろう。したがって,こうした日常性を
生徒の行動の自由は低いものと推測される。し
確保することが,保健室におけるあらゆる居場
かしながら,本研究では保健室への来室頻度が
所としての心理的機能を高めることにつながる
高いほど,「行動の自由」を感じるという結果が
のではないだろうか。
得られた。志賀・永井。森田・大谷21)によれば,
では,それぞれの心理的機能ごとに見ること
保健室登校生徒は,保健室において様々な空間
とする。保健室に一度でも来室経験がある生徒
の利用が認められており,その行動も読書やゲー
は,来室経験が一度もない生徒に比べ,保健室
ムなど,自由な様子である。このことから,保
に高い「被受容感」を感じていることが認めら
健室に来室すればするほど,保健室で生徒が自
れた。浅川。高橋・古川18)は,児童生徒が養護
由に行動できる範囲に幅が広がる可能性が考え
教諭に対して「自分を受け入れてほしい」とい
られる。
う「受容」の欲求をもっているとしている。し
たがって,保健室ではこうした欲求を満たす機
2。各場所での「居場所」としての心理的機能
能を有することが,本研究からも確認されたと
と学校享受感との関連
言えよう。
保健室での「被受容感」「精神的安定」「思考
と内省」「自己肯定感」は,学校享受感との間に
また,保健室に行く頻度が高いほど,保健室
に「精神的安定」を感じていることが示された。
有意な正の相関が見られた。子どもたちが学校
池谷。今井・木下・伊藤・松田・吉岡19)による
を楽しいと感じるためには,保健室が「自分が
と,中高生の半数以上が,自宅では一人でいる
受け入れられている」,「心が落ち着く」と感じ
ときに安らぎを感じている一方で,自宅以外の
られ,さらに自分のことについて振り返ったり
社会と接する場所で過ごすときには,一人より
考えたりすることができる場所,自分のよいと
も何らかの集団に属していることで安らぎを感
ころも悪いところもありのままに認めることが
じると示している。生徒にとって保健室は,学
できる場所として構成する必要があると考えら
校の中にあるという点で「自宅以外の社会と接
する場所」であるが,集団活動をする場所では
れる。
一方で,保健室での「行動の自由」「他者から
ない。それにもかかわらず,「精神的安定」を強
の自由」は学校享受感に関連が見られなかった。
4
9
中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的機能の比較一学校享受感の視点からー
しかしながら,教室におけるこれらの心理的機
した。
能は,全て学校享受感に関連が認められた。こ
その結果,「被受容感」「自己肯定感」「他者か
の結果から,保健室よりも,教室の居場所とし
らの自由」において,場所の違いによる影響が
ての機能を高めていく必要があると示唆される。
認められなかった。このことから,この3つの
古市12'は,学級での友人関係が児童。生徒に学
心理的機能においては,場所が限定されること
校享受感をもたらす重要な要因であると示して
なく,保健室か教室どちらかにおいて生徒が感
いる。本研究はこの指摘を支持するものであり,
じることができれば,学校適応の向上につなが
学校生活のほとんどの時間を過ごす教室という
るということが言えるだろう。そこで,これら
場所が,子どもたちの学校享受感にいかに大き
の心理的機能が教室で感じられていない生徒に
な影響力をもっているかが示されたと言える。
は,保健室においてこれらの心理的機能を果た
すことが求められると言える。よって,生徒が
3。保健室。教室における居場所の心理的機能
教室又は保健室において「被受容感」「自己肯定
の比較
感」「他者からの自由」を感じられているか,担
中学生は保健室と教室において感じる「居場
任と養護教諭との連携が求められると言えよう。
所」の心理的機能に違いがあるという結果が得
また,保健室よりも教室に強く「精神的安定」
られた。具体的には,教室では保健室よりも
「行動の自由」「思考と内省」を感じている生徒
「被受容感」「精神的安定」「行動の自由」「思考
の方が,学校享受感の得点が高かった。つまり
と内省」「自己肯定感」を感じていることが認め
学校が楽しいと感じるには,教室で精神的な安
られる。
らぎが得られ,内省するゆとりが保証されてい
杉本・庄司11)では,中学生は他の空間と比べ
ると感じていること,さらに,自分の思うよう
て教室に良いイメージをもっており,特に「被
に振る舞える感覚が必要となる。今後は,教室
受容感」が教室において高く機能していると述
において,これらの感覚をどのように確保する
べている。本研究においても,教室における
「被受容感」は最も高く,この指摘に一致してい
かという実践的研究が求められる。
また,このことは,教室よりも保健室に強く
「精神的安定」「行動の自由」「思考と内省」を感
る。教室は,友人関係や教師が存在する場であ
る。したがって,これらの人間関係が「居場所」
じている生徒の場合,学校適応に何らかの問題
を感じるかどうかに大きく影響していることが
を抱えている可能性を示唆している。養護教諭
示唆される。
は,保健室における対応の中でこのような様子
また,保健室については興味深い結果が得ら
に気づき,同時に担任との連携を図ることで教
れた。すなわち,教室に比べて「被受容感」「自
室の様子との比較を行うことが求められるであ
己肯定感」「行動の自由」「思考と内省」が低く,
ろう。
「他者からの自由」が同等であるというものであ
る。このことを,「自分ひとりの居場所」,「家族
5。今後の課題
のいる居場所」,「家族以外の人のいる居場所」
1つめは,調査対象が限定されていることで
の機能的差異に注目した研究7)と比較すると,
ある。調査校は1校のみであり,また,調査を
保健室は「自分ひとりの居場所」と「家族以外
実施した時期は長期休暇明けの9月初旬,調査
の人のいる居場所」の機能の特徴を併せもつよ
回数は1回であった。今後,対象校や調査回数
うな,極めて独自性の高い場所であると考える
を増加させ,時期を検討する必要がある。
ことができる。ほとんど常に養護教諭かおり,
2つめは,本研究で明らかになった性差に関
けがの処置や健康相談活動の場である保健室は,
する結果について,その背景要因を具体的に探
一人でもなく,家族でもなく,友人や教師でも
っていく必要があることである。例えば,女子
なく,養護教諭のいる特殊な居場所として感じ
の方が頻回来室を行っており,保健室の居場所
取られていることが示唆された。
としての機能もより強く感じていた。保健室の
どのような環境や機能が,このような結果をも
4。「居場所」としての心理的機能を強く感じ
たらしているのか詳しく検討する必要がある。
る場所の違いによる学校享受感の差
さらに,保健室において,特に女子に対して
それぞれの心理的機能ごとに,各対象者が
「被受容感」「行動の自由」「思考と内省」「他者
「保健室」「教室」のいずれに強くその機能を感
からの自由」を保証するためにどのような取り
じているかを明らかにした。その上で,その場
組みができるのかを,検証することが求められ
所の違いによって学校享受感が異なるかを検討
る。
5
0
愛知教育大学保健環境センター紀要Vol.9
3つめは,保健室に来室したことのない生徒
報文化研究, 14, 59 - 73.
についてである。これらの生徒は,保健室に対
9)小玉正博.真仁田昭.沢崎達夫(1982):
して「被受容感」を感じにくいということが示
児童生徒の学校環境に対する空間イメージ
唆された。そこで,どのような要因によって,
の構造と学校適応に関する研究
このようなイメージが形成されているのかを明
小学生の場合
らかにしていくことが課題である。
予報1:
教育相談研究, 20, 25 - 41.
10)小玉正博・真仁田昭.沢崎達夫(1983):
4つめは,本研究の結果には,保健室来室理
児童生徒の学校環境に対する空間イメージ
由が大きく影響するということである。この点
の構造と学校適応に関する研究
を考慮した研究が必要であると言える。
中学生の場合
5つめは,居場所を複数有していることの意
予報2:
教育相談研究,21, 1 - 15.
11)杉本希映・庄司一子(2007):中学校の教
義についてである。杉本・庄司22)は,「居場所」
室・保健室.相談室における「居場所」の
があると答えた生徒の中で約7割の生徒が,ひ
心理的機能の検討
とつの「居場所」だけではなく,種類の違う
52.
「居場所」を複数もっていたと述べている。本研
12)古市裕一(2004):小・中学生の学校生活
究では,教室の「居場所」としての機能が重要
享受感情とその規定要因
である,との結果が得られた。しかし,教室と
岡山大学教育学
部研究集録, 126, 29 - 34.
13)高旗正人・山本穂波(1998):学級の人間
保健室の双方に対し,それらの機能を強く感じ
ている者の特徴は何かということは,検討でき
関係と登校回避感情に関する実証的研究
ていない。この点を踏まえて,学校内で複数の
岡山大学教育学部研究集録, 108,93 - 100.
「居場所」をもつ者とそうでない者の比較を実施
14)高倉実(1999):思春期における日常生活
することが,課題として考えられる。
ストレッサーの表出パターンと抑うつ症状
との関連
学校保健研究, 41,107 - 116.
15)本同友巳(2000):中学生の登校を巡る意
識の変化と欠席や欠席願望を抑制する要因
引用文献
1)文部省学校不適応対策調査研究協力者会議
の分析
(1992):登校拒否(不登校)の問題につい
ける友達とのつきあい方の発達的変化
指して室(2004):子どもの居場所づくり:地域
る検討一連想語の調査を通して一
教
日本心
理学会第62回大会発表論文集,138.
育委員会月報,656, 2 - 25.
18)浅川潔司・高橋慶子・古川雅文(2006):
3)田中智雄(1992):文部省学校不適応対策
児童.生徒の学校適応水準が養護教諭およ
調査研究協力者会議「登校拒否(不登校)
び保健室のイメージ作成に及ぼす影響
について一心の居場所づくりをめざしてー」
兵
庫教育大学研究紀要, 28, 25 - 33.
19)池谷辰仁・今井正次・木下誠一・伊藤良・
教育委員会月報, 44, 25 - 29.
4)北山修(1993):自分と居場所
教
育心理学研究, 44, 55 - 65.
17)中村泰子(1998):居場所イメージに関す
2)生涯学習政策局子どもの居場所づくり推進
子ども教室推進事業の実施にあたって
教育心理学研究,48,32-41.
16)落合良行・佐藤有耕(1996):青年期にお
て一児童生徒の『心の居場所』づくりを目
岩崎学術
松田慎也・吉岡大輔(2006):中高生の生
出版社
活スタイルと自由な時間を過ごす場所一利
5)田中順子(2002):思春期・青年期の「居
用者の社会的居場所としての地域施設に関
場所」研究の現在一具体的状況・感情.心
理的機能について一
する研究一
上智大学臨床心理研
20)酒井都仁子・岡田加奈子・塚越潤
6)沖田寛子(1997):不登校現象と子どもの
(2005):中学校保健室頻回来室者にとって
山口大学文学会誌, 48,17 - 35.
の保健室の意味深まりプロセスおよび影響
7)杉本希映・庄司一子(2006):「居場所」
の心理的機能の構造とその発達的変化
要因一修正版グラウンデッド・セオリー・
教
アプローチを用いた分析一
育心理学研究, 54, 289 - 299.
学校保健研究,
47, 321 - 333.
21)志賀恵子・永井利枝・森田光子・大谷尚子
8)小畑豊美・伊藤義美(2001):青年期の心
の居場所の研究一自由記述に表れた心の居
場所の分類一
東海支部研究報告集, 44, 533 -
536.
究, 25,193 - 198.
「居場所」
筑波教育学研究, 5, 37-
(2005):保健室登校生の保健室での生活の
様子と養護教諭の対応
学校健康相談研究,
名古屋大学情報文化学部情
5
1
中学生における教室と保健室の「居場所」としての心理的機能の比較一学校享受感の視点からー
1,50 - 57.
行い,第三筆者が指導した平成21年度愛知教育
大学養護教諭養成課程の卒業論文を,加筆・修
正したものです。実施にあたり,調査に快くご
協力いただきました中学生の皆様,ならびに教
職員の皆様に心より感謝申し上げます。また,
本研究をまとめるにあたっては,湘北短期大学
の杉本希映先生にご指導いただきました。ここ
に記して,御礼申し上げます。
22)杉本希映・庄司一子(2006):中学生の
「居場所環境」と学校適応との関連に関する
研究
学校心理学研究,6,31 - 39.
謝
辞
本研究は,第一筆者と第二筆者が共同研究を
52