第3号 - NPO法人百年の森づくりの会

2002.3.31
会報第3号
発行:百年の森づくりの会 埼玉県さいたま市太田窪2034-1 TEL 048-885-6697 FAX 048-882-0245 e-mail: naitoh@saitama-j.or.jp
目 次
内藤勝久
植 林 ツ ア ー で 大 滝 村 を活 性 化 す る 1
百年の森づくりの中長期計画 ・・ 2
高岡正彦
ブナやミズナラの苗作りに向けて 3
市川嘉一
わが山、むかしいま ・・・・・ 4
大滝村歴史民俗資料館長 木村一夫
千年の森委員会について ・・・・ 5
6
大滝村﹁千年の森委員会﹂山中敬久
埼玉大学百年の森研究会
百 年 の 森 研 究会 発 足 にあ た っ て
NPO法人化にむけて ・・・・ 6
書評 ﹃雁峠だより﹄によせて ・ 7
辻 秀幸
活動報告 ・・・・・・・・・・ 8
植林ツアーで
大滝村を活性化する
百年の森づくりの会会長
内 藤 勝 久
百年の森づくりが縁で、昨年の1月に大滝村
の﹁千 年 の 森 委 員 会﹂の 委 員 に 加 え て い た だ
き、間もなく植林部会長を委嘱された。毎月1
回の会合を重ね、昨年の暮れにその結果を各部
会長が中間報告した。それをまとめて村議会へ
提言するという。
私 の 報 告 の 骨 子 は、﹁荒 川 の 水 源 を 皆 で 守
る﹂と言う世論を醸成するために、ボランティ
アと山林所有者と行政が一体となった有料の植
林ツアーを実施することであり、その成否は 参
加者がまた泊まりたくなるような、大滝村ら し
いこだわりのある民宿事業にかかっているとい
うものである。
昨年の7月に東北の朝日岳に登ったが、その
時に泊まった﹁朝日鉱泉ナチュラリストの家﹂
が私のイメージしていた民宿に近かった。3S
つまり①清潔︵部屋、布団、シーツ、トイレ︶
で②食材は地元産そして③親切が行き届き、家
内は、﹁また来たいわね﹂と喜んだ。料金は山
小屋なみであったが、2000円高かったと し
ても満足したに違いない。
二十一世紀は環境の世紀といわれる。環境は
今世紀最大の地球的テーマである。そのこと に
気づいていない人はいない。何がしかの貢献を
したいと考えている人はいっぱいいる。しかし
どこに行けば良いのかわからない。値段も手頃
で 夢 の あ る ツ アー な ら 是 非 参 加 し た い と い う 人
も多い。IT革命によりストレスはたまるばか
りだが、それを癒すものがない。酒を飲んでも
音 楽 を 聴 い て も 充 た さ れ な い と い う。登 校 拒
否、家庭内暴力に悩む家庭も多い。このような
人 た ち を 同 時 に 満 足 さ せ る の が 植 林 ツ アー で あ
る。
木を植えることも楽しいが、植えた木の世話
をし大きく伸びた姿を眺めるのも楽しい。1本
の木でも子供の夢を育むことが出来る。子供が
老人になった時、孫たちに誇ることが出来る。
﹁これがおじいさんの植えた木だ﹂と。夢があ
れば勇気が出る。自信がつく。
昼間は植林でいい汗を流す。空気も水もう ま
い。宿につけば薪で沸かした檜の風呂が待って
いる。1日の作業を反芻してとっぷりと湯に 浸
かる。風呂から上がれば、土地の食材を使った
田舎料理。いい汗を流した後だけに食は進み、
話は弾む、酒もうまい。マグロの刺身や海老の
天ぷら、スーパーで買ってきたようなものはな
にもない。みんな地元の食材だから安全だ。味
噌も醤油もあの畑でとれた大豆で作った。牛も
豚も鹿も猪も全て地元だから狂牛病やラベルの
貼替えなどとは無縁だ。テレビもパソコンもな
い。ストーブの火が赤々と燃え、ほの暗いラン
1
雁峠より和名倉山を望む(2002年元日)
プ の 灯 が 時 折 風 に ゆ れ る。子 供 た ち は 疲 れ て
バ タ ン キ ュ ー だ。ブ ラ ン デ ー な ど を 傾 け な が
ら 夢 を 語 ろ う。心 地 よ く 酔 い が 廻 る。床 に 入
る と、布 団 は ふ っ く ら、シ ー ツ の 糊 も き い て
と て も 豊 か な 気 分 だ 。今 夜 は ぐ っ す り 眠 れ そ
うだ。
高
岡
正
彦
百年の森づくりの中長期計画
植 林担 当
水をはぐくむ山への恩返しというコンセプトで、
これまでのワーク活動
る。何 と い う 爽 や か な 朝 だ。子 供 た ち は も う
山 に 保 水 力 豊 か で、水 の 浄 化 力 に 長 け て い る ブ ナ
鶏 が 鬨 を 告 げ る。山 々 か ら 鳥 の 声 が 聞 こ え
外で 遊 び ま わ っ て い る。こ ん な に 活 発 な 子 供
広(葉樹 の
) 植林活動を目指しました。昭和
年の山
の 姿 を 見 た こ と は な い。質 素 だ が す べ て 本 物
ほど
本 植 林 し ま し た。ブ ナ の
0 0 m 落 葉 松 林の 隙 間 で ス ズ竹 の 生 い 茂る
のスペースに 白ブナを
2a
∼
本 程 度 広 葉 樹 を 植 林 す る。植
⑦ 川又からのルート、二瀬からのルートの整備
⑥ 荒廃地2000m付近への植林についての研究
⑤ 作業小屋の建設
④ 仁田小屋の改修
③ 植林活動の学習
② ドングリ拾い、苗作りの研究
① 動植物の観察
上記の計画の他に
く、傾斜がきついので、作業しやすく整備する。
二、現在の作業ルート︵仁田小屋尾根︶は足場が悪
察しながら、よりよい植林を目指す。
近までとする。植林した苗木の根付き具合を観
m︶から標高を50mずつ上げ、1750m付
林地は当面、第1回植林地︵一歩の森1500
ほ ど︶に
一、毎 回 の ワ ー ク で、村 有 林 の 落 葉 松 の 隙 間︵
期計画を立てました。
をかけて植林をした方がよいと考え、次のような長
きましたが、これからも逐次観察を続け、長い年月
これまでも、ワークの他に動植物の観察を行って
今後のワーク︵植林︶計画
す。
苗木は、東大演習林で育てている秩父産の白ブナで
13
等の活動も時期を検討して随時行う。
2a
火事で多くの森林が失われた和名倉山を活動の中心
に考えてのことでした。実際和名倉山を下見して、
東仙波山周辺では焼けぼっくいがあるものの、スズ
竹に覆われ森林の成長を妨げているようすを観察し
てきました。いずれ長い年月をかけて森林に戻るの
20
の 食 材 を 使 っ た 朝 食 。卵 の 黄 身 も ふ っ く ら し
て 生 命 力 が あ る。家 で は お 代 わ り し た こ と が
な い 子 が お 代 り の 連 発 だ。食 べ た ら ト イ レ。
ウ ォ ッシ ュ レ ットで し か も ピ カピ カに 磨い て
あ る。快 適 快 適。便 秘 気 味 の O L も 大 満 足。
の育成に手が貸せればと活動をはじめることにしま
かもしれないが、少しでもそこに手をくわえ、森林
﹁ま た 来 年 も 来 ま す。今 度 は 友 達 を 誘 っ て 来
した。
切り開いて分かったのですが、村有林には山火事
た。
たので、まずはその作業道を切り開くことにしまし
ら、管理が行き届かず作業道も廃道になっていまし
することになりました。村有林は、林業のかげりか
村の村有林︵和名倉山の仁田小屋尾根周辺︶で作業
そして、正式に県の林務課から紹介を受け 大滝
て も い い で す か﹂。﹁何 し ろ 希 望 者 が 多 い の
で早めに予約したほうがいいですね﹂。
か く して 清ら か な 心 の持 ち 主が 大 滝 村 の フ
ア ン と な り、植 林 で 出 会 っ た 若 者 が 結 婚 し、
居 を 構 え て 山 の 仕 事 に 携 わ る 。大 滝 村 が 元 気
に な っ て、山 も 荒 川 も 蘇 り﹁水 源 の 森 は み ん
な で 守 る﹂と い う 世 論 も で き 上 が る。先 ず は
大滝村らしい民宿を作ろう。
の後、標高1400mから2000m付近まで40
万本の落葉松を植え、1000mから1200m付
近は分収林としてスギを植えてありました。いまで
は、それが結構成長していました。
世 紀 を 迎 え、第 1 回 の
さて、この作業道が貫通したのが、4年目の20
0 0 年 秋。そ し て 今 年 度
2
10
39
植林を計画。植林したのは仁田小屋尾根の標高15
21
ブナやミズナラの
苗作りに向けて
できます。ブナの実生や稚樹がないかと探しました
るので、ブナの実は乾燥から守られて発芽する事が
ケスなどの小動物たちがそれを地面に埋めて貯蔵す
m が 良 いで し ょ う と の こ と で し た。群 馬 で は 実
ギ に や ら れ、大 き 過 ぎ て は 運 び に く い の で、1 ∼
会﹂の宮下氏に伺ったところ、小さ過ぎてはノウサ
が見当たりませんでした。ブナの実が豊作の翌年は
凶作となるので、今年のブナの実も期待できません
でした。
そこでブナに見切りをつけて、ミズナラのドング
リ︵これも正しくは堅果︶を探したらこちらはいく
つも見つかりました。ただしこのドングリも地表の
ものは乾燥すると発芽しません。枯葉をどけ地表を
一
ド ン グ リ拾 い
さらうようにして、ごく浅く埋まっているドングリ
嘉
秋に行われたドングリ拾いでは、イヌブナ平にあ
を探し出しました。ミズナラにもブナと同じように
川
るブナの大木の周辺で、百を越すブナの実︵正しく
豊作とそうでない年がありますが、ブナほどの凶作
市
は堅果︶が採集されましたが、全て地表に落ちてい
にはならず、毎年必ず実を落とすのです。ちょっと
植物担当
たものとのことでした。ブナの実は乾燥に弱く発芽
芽を出しているものも含め28個のドングリが採集
ブナやミズナラは外生菌根菌︵例えばタマゴタケ
しない可能性が高かったので、解散直前に会のメン
やシャカシメジなど︶と共生して、根に外生菌根を
できました。また辺りを調べるとミズナラの稚樹も
秩父桜湖を過ぎ川俣の大日堂の登り口に車を置い
バーと合流した私は、急遽田島さんとブナのある秩
て、急な斜面を登り送電線の鉄塔にたどり着くと尾
作って養分のやり取りをし、乾燥や寒さに強くなっ
数本ありました。
根道に出ます。尾根道を登り二つ目の鉄塔を越える
て元気に成長することができます。ミズナラのドン
父の仙元峠に続く仙元尾根に向かいました。
とやがて尾根道の傾斜が緩くなり、登り始めて約一
自宅に持ち帰ったイヌブナ平のブナの実を割って
グリを植える為に、外生菌根菌を含む土をブナの根
ありますが、このような混生林も広く存在していま
調べましたが、残念ながら全てシイナでした。そこ
元の周囲から少し取りました。
す。ブナは胸高直径が約20㎝、樹齢は80年から
でミズナラのドングリを土の組合せを3通り作って
時間でイヌブナ、ミズナラ、カエデ類と混生してブ
100年ほどのまだ若い成木のブナ達のようで、周
植え付けました。実生になるのが楽しみです。
ナが姿を現しました。この尾根にはスギの植栽林も
囲には多くの実が落ちていました。実を割ってみる
生から そこまで 育て るのに8年ほど かかるそうで
す。
今回、発芽しそうなブナの実は得られず、わずか
なミズナラのドングリを得ましたが、ここから今後
まず第一にドングリ拾いをするなら、実の落ちる
の苗作りを見通していかねばなりません。
9月末から足繁く秩父の山に通い、採ったドングリ
を直ぐに撒くことです。その際、実を埋める深さは
3㎝ほどで上に枯葉などをかけて乾燥を防ぐ事が大
切です。この枯葉などは3月になったら取り除きま
す。ブナの実生は初めの頃子葉の栄養を使って成長
し、子葉は6月に落ちるので、外性菌根菌は6月頃
に根の周囲に入れれば良いようです。ミズナラは子
葉の入ったドングリが大きく地中に残るので外性菌
根菌を入れるのはもう少し後でも良いかもしれませ
ん。
第二に実生や稚樹の採集から始める方法がありま
す。私たちが知る限り埼玉でブナの実生が生えてい
るのは東大の秩父演習林しかありません。この採集
いるので採集や鉢植えに工夫をする事が課題になる
の見通しが立つこと、実生は移動に弱いといわれて
と思います。
先日、東大演習林の澤田さんに伺ったところ、ブ
ナの実や実生は雁坂トンネル近くの樹木林で採集で
初めて のブナの 植林には大きな感動 がありまし
9月末から10月初めに採集に出かける事が大切だ
月の連休あたりにめぼしいブナの木を見つける事、
可を得ること、今年はブナの花が咲きそうなので5
きるだろうとのことでした。それにはまず林長の許
ら、昨年がブナの豊作の年だったと聞いていました
た。しかし樹高3m重量20㎏のブナの苗は運ぶの
とのことでした。
手探りの苗作り
ので、それが昨年の中身の干からびたものと推察で
に骨が折れました。最適な苗の大きさはと﹁森林の
高校生 物研 究会の仲間や百 年の森の星野さんか
とほとんど中身の無いシイナでした。
きました。ブナの実が豊作の時にはアカネズミやカ
3
1.5
わが山、むかしいま
大滝村立歴史民俗資料館長
木 村 一 夫
本 来 な ら ば、 和 名 倉 山 の 歴 史 等 書 け ば い い
の か も 知 れ ま せ ん が、﹁和 名 倉 百 年 の 森﹂会
報創刊号巻末に概要を載せていただいたの
で、和 名 倉 山 に 関 係 あ る 昔 話 を 二 三 申 し 上 げ
ましょう。
始めに狼の遠吠えを聞いた話。
私 が 子 供 の 頃、近 所 の 古 老︵明 治 元 年 生 ま
れ︶が、青 年 時 代 下 駄 屋 の 親 方 に 連 れ ら れ
て、幾 人 か と 大 洞 谷 へ、下 駄 の 素 材︵川 胡 桃
で、狼の話は今でも私は信じています。
次 は 母 か ら﹁ち ょ く ち ょ く﹂︵こ れ は 方 言
え て 小 声 で﹁変 な ね ず み﹂と 言 う と、次 の 人
は﹁早 く 逃 が せ﹂と 言 う。山 仕 事 に 携 わ る 人
は、誰 で も 皆 山 の 神 様 の お 使 い は オ コ ジ ョ だ
に落 葉を 集 めて 寝ぐ ら を つ くり 猪 鹿熊等の 獲
て い な い 麦 播 き を す ま せ た。猟 師 達 は 岩 か げ
大 洞 谷 に 入 っ た。老 人 や 女 子 供 が ま だ 終 わ っ
食料や 寒さ しのぎ の 衣 類等 の荷物 を背負っ て
で、男 衆 は 麦 播 き も そ こ そ こ に 切 り 上 げ て、
昔狩猟は 山 村で は 最 大の現金 収 入だ った の
た こ と 怒 ら れ た こ と 、皆 で 山 の 神 様 に 深 々 と
の 神 様 の お 使 い を 足 げ に し たと 親 方 に 怒ら れ
声 を あ げ て 支 度 を 脱 ぎ 捨 て た。さ あ 大 変、山
体 へ は い 込 ん だ の で 、何 事 が 出 来 た の か と 大
た 親方の足 の裏側か ら 背 中に のぼ り襟首か ら
が 感 じ た。 最 後 尾 か ら す こ し 遅 れ て 登 っ て 来
﹁も し か し た ら オ コ ジ ョ じ ゃ な い か﹂と 誰 も
と 聞 い て は い る が 本 物 を 見 た 人 は 少 な い。
も の を 追 っ た。獲 も の は 三 峰 の 取 次 所 ま で 背
頭を下げた。
で﹁時々﹂のこと︶聞いた話。
負 い 出 し、食 料 を 補 給 し て 山 に 急 ぐ。そ の 当
最後に和名倉山について。
時 熊 一 頭 射 て ば 胆 が 金 の 目 方と 同 じ 値 段で 売
れ た と 言 う 話 だ っ た。猟 師 達 は 歳 末︵﹁と し
五 万 分 の 一 の 地 図 に は 、白 石 山 と あ る が 地
の の く 筈 で す。そ
たのだから恐れお
使いの声を耳にし
た の で 、神 様 の お
として崇敬してい
三峰神社の御眷属
し さ と 怖 さ で 震 え た と の こ と 。狼 は 当 時 か ら
遠 吠 え が 尾 根 や 谷 を 渡 っ て 聞 こ え て 来 た 。寂
掘 立 て 小 屋 で の 生 活。夕 暮 れ に な る と、狼 の
根︶か ら 登 り、原 生 林 内 に 差 し か
こ と で す。二 瀬 尾 根︵ヒ ル メ シ 尾
頼 ま れ、立 木 調 査 に 入 山 し た 時 の
が 盛 ん に 行 な わ れ た。私 も 業 者 に
村有林の払下げ によ る業者の 伐採
多 く、昭 和 三 十 年 代 に 和 名 倉 山 の
時戦後の復興 の ため 木材の需 要が
勝 訴 に よ り 村 側 の 所 有 と な り、当
昭 和二 十二年 国有 林が下戻 裁判
次は私の体験です。
山 から 笠取 山 方面へ の 連山 の中に 大洞 山と 地
の 頃 は 大 洞 山 と 言 っ た お ぼ え が あ る が、雲 取
元 の 人 は 余 り 白 石 山 と は 言 わ な い。私 が 子 供
と り﹂︶ぎ り ぎ り に 家 へ 帰 っ て 来 た も の だ っ
れにしても記録文
か っ た 時 先 頭 の 人 が、ね ず み に 似
た。
には明治中頃まで
た 小 動 物 を み つ け て 足で 軽 く お さ
材︶を 伐 採 し、﹁こ う ら 作 り﹂に 入 山 し た。
狼は生存していた
と書かれているの
4
図 に あ る。平 成 十 年 に 開 通 し た 雁 坂 道 の ト ン
ネ ル 手 前 か ら 見 え る 広 大 な 山 塊 も、 三 峰 神 社
周 辺 か ら 眺 め る 山 も 同 じ 和 名 倉 山 で、奥 秩 父
二千米級の山々で他都県市町村と境を分け
あ っ て い な い の で、 村 内 に ど っ か り か ま え て
千年の森委員会について
年
月に村 長 の
大滝村﹁千年の森委員会﹂
委 員長 山 中 敬 久
千 年 の 森 委 員 会 は、平 成
11
居 座 る 和 名 倉 山 こ そ 大 滝 の 山 で す。支 流 の 滝
川 へ は 八 百 谷 を 合 わ せ た 槙 の 沢、金 山 沢、曲
6
り 沢、久 渡 の 沢 等、荒 川 へ 直 接 落 ち 込 む 大 除
沢、そ し て 支 流 大 洞 川 に は 井 戸 沢、惣 小 屋
沢、松 葉 沢、仁 田 小 屋 沢、市 の 沢、和 名 倉
沢、等 々 数 多 く の 沢 を 集 め て 荒 川 を 合 流 す る
最大の源流の山です。
戦 後 復 興 の 為 原 生 林 を 伐 採 し 、山 容 を ず た
ず た に し ま し た が、国 の 再 興 に お 手 伝 い し、
会 議 は 、 ほ ぼ 月 一 回、 平 成
年
13
月 まで
9
年
月に 中 間 報告 書 を 村長 に提 出 致
回開きました。
数 回 の 会 議 か ら 生 ま れ た 共 通 認 識 は、﹁大
滝 の 豊 か な 自 然 環 境 を 保 全 す る た め に、環 境
条 例 を つ く る 必 要 が あ る。こ れ を 基 本 に 森
林、山、川、文 化 財、習 慣 等 の 大 滝 の 財 産 を
活 用 す る 方 策 を 探 る﹂と 言 う こ と だ っ た と 思
います。
平成
2
)
し ま し た。こ の 間 に、提 案 を も と に 具 体 的 な
動 き を 始 め て い る 分 野 も あ り、村 も 予 算 を 計
画しています。
仁 多 見 先 生 が、こ の 委 員 会 で 発 表 し た 論 文
﹁エ コ ツ ー リ ズ ム と 精 密 林 業 に よ る 森 林 資 源
の 高 度 利 用 ︱ 地 域 と 大 学 演 習 林 の 連 携﹂ が 契
機 と な っ て、竹 前 さ ん、山 林 関 係 者 が 中 心 と
な り 大 滝 村 山 林 振 興 協 議 会 を 結 成 し、作 業 道
の 開 設 や 製 材 所、建 築 家、工 務 店 と の ネ ッ ト
ワ ー ク づ く り 等 の 動 き に な っ て い ま す。島 崎
さ ん は、商 工 会 青 年 部 と 話 し 合 い を 重 ね、大
滝 の原種で ある秩父 イ ワナ の養殖 と キャッ チ
ア ン ド リ リ ー ス コ ー ス の 設 定、等 意 欲 的 な 提
案 を 出 し て い ま す。内 藤 さ ん は 植 林 ツ ア ー、
酒 井 先 生 は 、演 習 林 を 軸 と し た 大 滝 村 と の 連
携 に よ る ガ イ ド ツ ア ー、要 三 郎 さ ん は、三 峯
神 社 を 中 心 と し た 樹 木 葬、南 さ ん は、プ ロ の
写 真 家 の 眼 に よる 大 滝 の山 村文 化 の 位 置付 け
と、多 岐 に わ た り 手 応 へ の あ る も の と、な っ
て お り ま す 。今 後 の 村 の 対 応 に 期 待 す る と 共
に、皆 様 方 に も ご 意 見 を 寄 せ て 頂 け ま す こ と
をお願い申しあげます。
14
12
諮問委員会として誕生致しました。
大滝村の総合振興計画に関する全員協議会
で、私とある議員との議論が発端となって、
﹁そ う い う こ と を 言 う な ら、お 前 が 中 心 と
な っ て 具 体 策 を 出 し て 見 ろ﹂と 言 う こ と で、
偶 発 的 に で き ま し た。諮 問 委 員 会 と 言 っ て
も、全 く の ボ ラ ン テ ィ ア。交 通 費 も 出 な い 中
で、村 外 か ら 名 の 方 が 委 員 に な っ て 下 さ い
ま し た。偶 然 に も、全 員 が 大 滝 を 良 く 知 っ て
お り、環 境 に 理 解 の あ る 方 ば か り で し た。事
務 局 は 役 場、助 役 さ ん の ほ か、職 員 2 名 が 付
きました。委員は次の方々です。
内藤 勝久︵植林部会︶百年の森づくりの会
島崎 武重朗︵山と渓流部会︶
秩父の未来を考える会
竹前 恵造︵木材利用部会︶
タケマエシステムコンサルタンツ取締役
仁多見 俊夫︵エコツーリズム部会︶
東京大学農学生命科学研究科助教授
酒井 秀夫︵秩父演習林と大滝村︶
東京大学大学院教授 秩父演習林長
南
良和︵民俗、文化部会︶写真家
山中 要三郎 樹木葬による大滝村の活性化
大滝村村議会議員
5
村 の 公 共 施 設 に 役 立 ち、経 済 を 豊 か に し た
山、和 名 倉 山。往 古 の 面 影 は な い が 何 時 の 日
か白神山地 に勝ると も 劣ら ない立 派な山容 に
な り ま す よ う 祈 念 し つ つ、ま た 植 栽 事 業 に お
〒369-1901 大滝村大字大滝4277-4
TEL 0494-55-0911
骨 折 り の 戴 く﹁百 年 の 森 づ く り の 会﹂会 員 に
大滝村の山村文化を伝える貴重な資料が展示
されています。殊に、和名倉山は、厳しい山村の
暮らしぶりの中で、「稼山」として重要な役割を
担ってきたきたことが紹介されています。
深く感謝申し上げます。
大滝村立歴史民俗資料館
10
(
境保護活動の意味を理解してもらうよう、手
月
日︵日︶に荒川河川敷、秋ヶ瀬で
助けをしていきたいと考えています。具体的
には
NPO法人化にむけて
」
現 在私達は 百 年 の森 づく りの会 の
NPO 法人化 にむけ て 準備を して いま
す。NPO法人とは、特定非営利活動法
人 の 略 称 で、そ の 名 称 の と お り﹁非 営
利﹂、つまり団体が利益をあげた場合、
その利 益を会 員等に 分配するので はな
く、団体の掲げる目的を達成するための
資金として使用する団体のことです。ま
た、法人格を取得することができます。
法人格の取 得によ る利点は次の よう
なものです。
まず、県からの認可を受けることによ
る、社会的信用の向上。そして、県を介
して情報公開をすることにより、社会と
の 接 点 が で き、私 達 の 活 動 内 容 を 広 く
知ってもらうことができます。
その他にも数々の利点がありますが、
これらの利点に伴い、情報公開や行政の
監督を受ける等の義務が生じてきます。
しかし、NPO法人化による利点は、そ
れをさらに上回るものです。
「
の活動へも参加することで幅広い
NPO
知 識 と 経 験 が 得ら れ る の で は な い かと 思 っ て
・
NGO
いました。今年も行う予定です。さらに他の
と の 関 わ り な ど を 学 ぶ 海 外 研 修 旅 行を 昨 年 行
ン大学と交流があり、現地の生活と自然環境
指導教官である佐々木教授は、タイのコンケ
を向けた活動も考えています。我が研究会の
います。そこで我が研究会としては海外に目
実社会でも海外での活動も盛んになってきて
て、環境の分野でも国際化が進んでいます。
ま た、ま す ま す 国 際 化 が 進 む 現 代 に お い
て理解して頂こうという企画です。
き、草花や生態の説明を行い、自生地につい
﹁サ ク ラ ソ ウ 自 生 地﹂を 実 際 に 来 場 者 と 歩
ウ・エコツアー﹂と題し、特別天然記念物の
開催される﹁サクラソウ祭﹂にて﹁サクラソ
21
百年の森研究会
発 足 にあ たっ て
埼玉大学百年の森研究会
我が百年の森研究会は、百年の森づくり活
動にとどまらず、幅広い視野で活動していこ
うと考えています。
和名倉山山頂まではまだ素人の足では登り
にくく、植林活動を広く呼びかけて行ってい
4
います。
﹁百 年 の 森 づ く り の 会﹂の N P O 法 人 化
は、ま だ 準 備 段 階 で す が、一 日 も 早 く 認
可を 受けら れるよ う頑 張りたいと 思いま
す。
野原麗良
6
くにはまだ準備が必要であるのが実情で す。
そこで山頂までは行かないまでも、滝沢ダム
月 頃 の 予 定で
周 辺 や 荒 川 流 域 に お いて 植 林 や 緑 化 活 動 を し
ていくことを考えています。
方々にも自然に興味を持ってもらい、自然環
ばせて頂いて いる我々としては、地域住民の
ついても注目しています。自然から多くを学
います。そして我が研究会は﹁環境学習﹂に
の意味・価値を理解してもらいたいと考えて
際に自然に触れてもらうことで、植林・緑化
また、地域住民の方々にも参加を促して、実
自然環境に適するよう手法や内容を吟味し、
計画中です。植林や緑化に当っては、地域の
秩父滝沢ダム、サイト内での植林緑化事業を
5
書評 ﹃雁峠だより﹄によせて
あり、この危険の感覚の向こうに登山の重々しい意
た。しかし、攀ることは事故や死と対峙することでも
故こんなにまでして、この小屋を整備しているのか
プ一杯ものワインを飲んだ。楽しい語らいなかで、何
を催した。アルコールをほとんど飲めない私もコッ
夏から秋が過ぎ、冬の雪と氷のテラスのビバーク
味づけをし、自己満足の快感を味わっていました。
本書は深い森、錦秋の林道、岩魚の渓谷を秘める魅
はつらく、雄々しくもあり、一の倉沢の隣の幽の沢で
百年の森づくりの会・会員 辻 秀幸
惑に満ちた奥秩父のほぼ中央にある雁峠に建つ山荘
は雪崩に飛ばされてピッケルは折れ、ザックは失い、 り す る こ と も あ っ た が、今 年 は そ ん な こ と も な く
通り過ぎていく登山者、夜の深い闇へのおののきな
山荘に宿泊し個性をきらめかせる人々、縦走路を
明のままです。生は僥倖であり、死は不幸とし神の手
かし生と死を分ける問いに解はなく、いつまでも不
脇腹や脚に痛みを負って悄然として林道を戻り、し
頁︶
なあと自問しながら越し方に思いを巡らす。︵四二
なった。いよいよ仙人の境地に迷い込んで来たのか
・・・昨年は、一人でいると淋しかったり恐かった
と訊ねられた。︵三七頁︶
の始末記でもあるといえましょう。
どが、ふだん着のままの視線で語られ一息に読むこ
にゆだねる他ないようでした。
時が経ち体力が衰え、二十キロは背負えず、体のあ
話にまで発展した。好きであれば好きだと意思を伝
変わりました。そして、二十代、三十代の青春時代は
が、ある時から〝岩〟を攀りだし、その様相がガラリと
遭いました。読んでいるとそのまま著者の文章が内
ではありませんが︶。そんな時、﹃雁峠だより﹄に出
を分ける謎は判らないままでした︵それを問う内容
︻参考文献︼
加藤司郎著
白山書房 ℡
文藝書房 ℡
辻 耕也著 ﹃蒼空より﹄
再建記﹄
03-3258-7284
03-3485-1309
﹃雁峠だより︱はみ出し役人の山小屋
ぎ去った青春のひと頃を思い出していた。︵五一頁︶
ない。彼女の想いが相手に通じることを願う。私も過
と清純さが感じられた。傷つくことを恐れてはいけ
恥ずかしそうにしていた。彼女の言葉に想いの深さ
えるべきだと私たちは進言したが、﹁いえないわ﹂と
そうくう
ていった今、私にも一冊の本﹃蒼空より﹄が生まれま
ちこちに痛みが潜み、そして青春という熱病が去っ
・・・話が盛り上がって一番若いH嬢の好きな人の
とができました。自然体の文章に、つつましい著者の
人間性に触れていると、秩父の山々や静かな山小屋
がしみじみ懐かしく想われます。
というのも、私の登山の経歴は稜線や尾根を歩き
景色を眺めて 満足して いた初心の頃もありま した
全くこの一色に染められていました。なんという個
に入ってくる。面白い文章があちこちに咲いている
した。それを書き終えても、山で起きる事故で生と死
性への傾倒であったことでしょう。あの頃、サラリー
のを味わいながら頁を繰っていくのは楽しい。高山
よじ
マンとして夢中で仕事をし、すれ違いの恋もして、一
植物を一輪ずつ眺めていくようで。
すでに荒ぶれた青春が去り、花や山道や人々や小
つ一つ思い起こせば青春とは人の一生の中で嵐の時
代だとせざるを得ません。
屋に目を向けて、再び新しい山と付きあっていこう
と思っています。そこに﹃雁峠だより﹄がありました。 * ﹃雁峠だより﹄は、その続編﹃山ありて幸い﹄と
私は岩壁の 登攀を主 要な 活動にし ている山 岳会
︵アッセントクラブ︶に入会し、間もなく谷川岳の一
詰る描写は、圧巻です。ぜひ、ご一読ください。
ものです。殊に、冬の谷川岳一の倉沢の登攀の息
つひとつ物語られ、
山岳小説の高い到達点をなす
い く 文章 の 中 に 山 をめぐ る 人々 の 生 き 様 がひ と
また、辻氏の﹃蒼空より﹄は、丁寧に重ねられて
ともに﹁百年の森文庫﹂に所蔵されております。
末尾に味わい豊かな文章をいくつか掲げたいと思い
さわしい。その晩は、山荘はじまって以来の豪勢な宴
屋中に広った。山小屋にはやっぱりランプの灯がふ
初めて火を灯した。ガラスに反射した光がはっと部
⋮その晩、苦労してホヤを自分で作ったランプに
ます。
の 倉 沢 を 攀 り だ し、演 歌 の 歌 詞 の よ う に
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
上野発の夜行列車を土合駅でおりて通いました。な
にせ一の倉沢だけでも登攀
ルート がザッと 数えて 四十 本
からあり、人より一つでも多く
トレー スす るこ と に夢 中で し
7
参加ご希望の方は、下記事務局まで、電話、FAX,
Eメールにてご連絡ください。
参加者には後日詳細をご案内します。
■平成13年度下期の活動報告
第9回百年の森づくりワーク実施
10月26日(金)から28日(日)に、役員・会員を含め18
人の参加をいただき、第9回のワークを実施しました。
今回は6月に植林をした「一歩の森」の状況把握、二瀬尾
根のルート調査などを実施しました。
「一歩の森」に植樹した13本のブナのうち3本は枯死した
が、残り10本は新芽がついています。また、二瀬尾根ルー
トについては、長期計画の中で整備をすすめていく予定で
す。
[連絡先]
〒336-0015 さいたま市太田窪2034−1
百年の森づくりの会 会長 内藤 勝久
TEL 048−885−6697
FAX 048−882−0245
E−mail naitoh@saitama-j.or.jp
■現会員(会員番号
百年の森交流会in埼玉大学大学祭(むつめ祭)
306 川島光弘 さいたま市/307 芦川芳雄 足立区/308上野
擴 羽生市/309 丹下博之 さいたま市/310 坪山淑子 さい
たま市/311 岩波節子 蕨市/312 岩波靖夫 蕨市/313 綿貫
均 さいたま市/314 日暮泰美 さいたま市/315 大武昭雄
さいたま市/316 小泉泰通 足立区/317 瀬島 孟 さいたま
市/318 後藤慎一 さいたま市/319 平田寛 さいたま市/320
深沢郁隆 さいたま市/321 大倉 浩 さいたま市/322 小野
寺昭夫 さいたま市/323 高橋 歩 両神村/324 竹内 均
越谷市/325松本善一 さいたま市/326 海老澤宏 渋谷区/327
金子 宜淳 さいたま市/328 江部清司 八潮市/329 石川君
子 熊谷市/330 星野栄一 さいたま市/331 北林 堅司 所沢
市/332 増子典男 さいたま市/333 深沢弘亘 足立区/334高
橋断 藤沢市/335 高嶋延壽 練馬区/336 清水安衛 伊勢原
市/337島津 進 府中市/338 小林洋史 我孫子市/339 小澤
清之 町田市/340 井上雄二郎 平塚市/341 芦野洋雄 横浜
市/342 吉村 洋 さいたま市/343 栗原 毅 さいたま市/
344 菊間洋一 足立区/345 矢筈野武久 所沢市/346 松川
稔 羽生市/347 鈴木康之 川越市/348 安江 操 久喜市/
349 高橋一恵 久喜市/350 奥田義 さいたま市/351 池田典
義 神奈川県大磯町
11月23日(金)に埼玉大学内「百年の森テラス」におい
て、会員の皆さんとの交流会を開催しました。
当日は30名の参加をいただき、「百年の森づくりの会」
の活動状況の展示および和名倉山のワーク活動のビデオを
放映し、親しく懇談をしました。
■平成14年度上期の活動計画について
「荒川水源の森づくり植林ボランティア」開催
開催日
平成14年4月29日(月)みどりの日
場
大滝村大血川上流太陽寺の域内
所
集合地
秩父鉄道三峰口駅(現地まで送迎マイクロバスあり)
10:00までにご集合ください。
スケジュール
10:30
開会
11:00
作業開始
12:30
昼食・交流会
14:30
終了
作業内容
参加費用
氏名 住所)2002.3.15現在
■会員募集しています。
年会費 個人会員
2,000円
法人会員
10,000円
ミズナラ・ブナなどの広葉樹の植栽
1,000円
郵便振替 00140-0-555239 百年の森づくりの会
内容は別紙チラシを参照。
皆様の参加をお待ちしております。
銀行振込 あさひ銀行 南浦和支店
普通預金口座 No 3835666
百年の森づくりの会 会長 内藤 勝久
平成14年度第2回通常総会開催
日
時
平成14年5月19日(日)午後2時から
場
所
大宮ソニックシティビル4階
新年度会費納入についてのお願い
新年度会費振込票をご用意いたしましたのでよろ
しくお願いいたします。また、現会員が会費納入場
合は、納入年度を明記してください。ご不明な方は
会計までご連絡ください。
会計担当 東 克明
市民ホール
スケジュール
第2回通常総会
14:15∼15:00
記念講演会
15:00∼16:30
「循環型社会を支える森と水と農林業」
−エコロジーとエコノミーの共生−
埼玉大学経済学部教授 西山 賢一氏
懇親会(3000円実費負担)
16:40∼18:00
詳細は別紙チラシ参照。
是非ご出席下さるようお願いいたします。
TEL 048-666-7053
E-mail k-azuma@pop16.odn.ne.jp
編集後記
会報第3号をお届けします。会も2年目を迎え、多くの課
題と展望を持つことができました。今回の会報は多くの
方々から原稿をお寄せいただきました。環境問題に対する
コンセンサス作りの一助になることを願っております。今
後とも、会員の皆様の意見が反映できる会誌になるよう努
めてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。
第10回百年の森ワーク実施
開催日
平成14年6月7日(金)∼9日(日)
活
第2回の植林を実施
動
10本の苗木を植樹
ルート整備
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