ウィーン規約 - 日本微生物資源学会 Japan Society for Culture

Microbiol. Cult. Coll. 25(2)
:105 ─ 112, 2009
連載「微生物の命名規約と関連情報」
第2回 多型的生活環をもつ菌類の学名に影響をおよぼす
国際植物命名規約(ウィーン規約)2006 第 59 条の改正
岡田 元
独立行政法人理化学研究所バイオリソースセンター 〒351-0198 埼玉県和光市広沢 2-1
Changes in Article 59 of the International Code of Botanical Nomenclature
(Vienna Code) 2006, affecting the names of fungi with a pleomorphic life cycle
Gen Okada
Microbe Division/Japan Collection of Microorganisms, RIKEN BioResource Center
2-1 Hirosawa, Wako, Saitama 351-0198, Japan
1.はじめに
を,また菌類関係のポイントについては Norvell(2005)
菌類 ・ 地衣類 ・ 藻類 ・ 陸上植物 ・ 化石植物の正しい
を参照されたい.
学名(正名,correct name)は,国際植物命名規約
[International Code of Botanical Nomenclature,
2.高等菌類の多型的生活環と“不完全菌類”2
ICBN;最新版は 2006 年 1 のウィーン規約(McNeill
いわゆる高等菌類と呼ばれる子嚢菌類と担子菌類で
et al., 2006;日本語版,大橋,永益,2007)
]に則っ
は,多型的生活環(図 1)をもつものがある.すなわち,
て発表されなければならない.一方,菌類として最近
それらには子嚢や担子器などの減数分裂を伴う有性生
認められた微胞子虫類(microsporidia)や古生子嚢
3
殖器官により特徴づけられる時代 / 状態 / モルフ (テ
菌類 Pneumocystis 属は,かつて,ICBN の対象外で
レオモルフ,teleomorph)と,体細胞分裂を伴う無
ある原生動物と考えられていた.従って,それらの種
性生殖により増殖する時代 / 状態 / モルフ(アナモル
名はラテン語による判別文(diagnosis)または記載
フ,anamorph)があり,両者は形態により容易に区
文(description) な し に 発 表 さ れ た た め, 従 来 の
別できる.また,ホロモルフ(holomorph)とはテレ
ICBN のもとでは正式に発表されたことにならなかっ
オモルフとアナモルフを合わせた多型的生活環全体の
たが,関連する他の命名規約(この場合は国際動物命
名規約)の条件に合致する学名であるため,ウィーン
時 代 / 状 態(morph), ま た は そ の 菌 自 体 を 指 す
(Hennebert & Weresub, 1977; Kirk et al., 20084).
規約(第 45.4 条)より正式に発表された学名として
一方,微細構造や分子系統などの証拠から子嚢菌類
扱うこととなった.本稿の目的は,微生物を取り扱う
または担子菌類と系統関係があると推定されるが,有
読 者 を 対 象 に,特に菌学関係者に影響力の 大 き い
性生殖を行わないか,または判明していない菌類群が
ウィーン規約第 59 条の改正ポイントについてバック
ある.これらは子嚢菌類や担子菌類のアナモルフと形
グランドを含めて概説することである.ウィーン規約
態的に区別できないものもあれば,類似したアナモル
全体の変更点に関しては永益
(2006)
,
大橋,
永益(2007)
フが存在しない場合もある.このような菌類群は無性
E-mail: okada@jcm.riken.jp
ウィーン規約は 2006 年 9 月に出版されたが,特定の規約が有効となる日付は条文毎に明記されていることはもちろん,
序文にもリストアップされている(例えば,第 59.4 条などは 2007 年 1 月 1 日より有効)
.
1
現在,正式には用いられない用語はダブルコーテーションで示す.
2
モルフ(morph): 菌類の形態型.
3
─ 105 ─
国際植物命名規約(ウィーン規約)第 59 条の改正
岡田 元
菌類と独立して命名,記載した.しかし,分子系統学
の発展に伴い,現在では“不完全菌類”は分類体系の
上 で 子 嚢 菌 門(Ascomycota) ま た は 担 子 菌 門
(Basidiomycota)に組み込まれ(Reynolds & Taylor,
1993)
,高次分類群としての地位は完全に失われた
(Kirk et al., 2008).但し,子嚢菌類あるいは担子菌
類のどちらに所属するか判明していない“不完全菌類”
としての属や種が現在でも多数残っている.
3.第 59 条設立の経緯,ウィーン規約以前の改正,
ならびに ICBN における多型性とは
ICBN 第 59 条の基本概念,すなわち「生物として
の同一性が判明した多型的生活環をもつ高等菌類にお
いて,テレオモルフ 5 とアナモルフにそれぞれ別の学
名が与えられている場合は,テレオモルフの学名がた
図 1 担子菌類の多型的生活環の 1 モデル
担子器果(子実体;①),担子器(②),担子胞子(③)な
どの有性生殖器官により特徴づけられるテレオモルフ(外
側の大きな環)と分生子(④⑥)によって無性生殖を行う
アナモルフ(内側の小さな環;この場合は 2 つのアナモル
フをつくるため,2 つの小環をもつ).核(白,黒,灰色
の丸),核相(n,細い矢印;2n,太い矢印,n+n,中太
の矢印),細胞質融合(P!),核合体(K!),減数分裂(R!)
を図中に示す.担子菌類の特徴の一つである 2 次菌糸
(⑤)
は規則正しく 2 核性となる.破線の四角は 1 次菌糸が分節
するアナモルフ 1(④)を示し,分生子は 1 核性.実線の
四角は 2 次菌糸が分節するアナモルフ 2(⑥)を示し,分
生子は 2 核性.
とえ後に発表されていても(後続でも)アナモルフの
ものより優先する」という考えは,1910 年第 3 回国
際植物学会議で採択された 1912 年ブリュッセル規約
第 49.2 条(初期の ICBN では第 59 条ではない)から
明記された.そして,1950 年第 7 回同会議(1952 年
ストックホルム規約第 69 条)において,既にテレオ
モルフの学名が与えられている多型的な高等菌類にお
いて,アナモルフのみを指す新たなアナモルフの学名
を提唱してもよいことが認められ(Hennebert, 1971;
Hennebert & Gams, 2003)
,これらの内容が以後の
ICBN により最終的に第 59 条としてまとまった.こ
のように,多型的生活環を有す地衣を形成しない高等
生殖器官の形態などから実用的に分類できるものが多
菌類において,テレオモルフとアナモルフに対する
いことから“不完全菌類”
(
“Deuteromycotina”, ana-
別々の分類体系に基づき,同じ生物でありながら,実
morphic fungi)と呼び,子嚢菌類や担子菌類と同等
質的にホロモルフを指すテレオモルフの学名と限定使
の高次分類群(亜門など)として長年扱ってきた.そ
用を条件としたアナモルフの学名を用いるという「他
して,無性生殖器官に基づいた「
“不完全菌類”とし
の命名規約にはない,ICBN での菌類に対する例外的
ての属や種」を,有性生殖器官をもつ子嚢菌類や担子
な取り扱い(第 59 条による原則Ⅳ 6 に対する例外措
Kirk et al.(2008)の項目‘States of fungi’より部分引用: To increase precision in terminology for states of pleomorphic
fungi, Hennebert & Weresub (1977) introduced new nouns and adjectives: holomorph, for the whole fungus in all its
morphs, phases, stages or states; teleomorph, for the sexual (‘perfect’) state (e.g. that characterized by ascomata or
basidiomata); and anamorph, for the asexual (‘imperfect’) state (e.g. that characterized only by presence or absence of
conidia.
4
テレオモルフ ・ アナモルフ ・ ホロモルフという用語(Hennebert & Weresub, 1977)は 1983 年シドニー規約第 59 条以降
から使用されている.また,これらの訳語は文部省「学術用語集 植物学編(増訂版)
」
(文部省・日本植物学会,1990)に
収載された.
5
ICBN の原則Ⅳ(Principle IV): 特定の範囲 circumscription,位置 position およびランク(階級)rank をもった分類学
的群はそれぞれがただ 1 つの正しい学名(正名)をもつことができる.正名とは,特別な場合を除いて,本命名規約の規
則に合致して最も早く発表された学名である.
6
─ 106 ─
Microbiol. Cult. Coll. Dec. 2009
Vol. 25, No. 2
ホロモルフ(holomorphosis)
テレオモルフ
(teleomorphosis)
アナモルフ
(anamorphosis)
テレオモルフ 1
テレオモルフ 2
アナモルフ 2
テレオモルフ 3
アナモルフ 3-A
テレオモルフ菌類
(teleomorphic fungi)
[子嚢菌類 / 担子菌類]
アナモルフ 3-B
第 1 レベルの多型性(First level of pleomorphy)
;
第 59 条で定義している多型性を指す
アナモルフ 4
アナモルフ 5-B
アナモルフ 5-A
アナモルフ菌類
(anamorphic fungi)
[子嚢菌系 / 担子菌系
“ 不完全菌類 ”]
第 2 レベルの多型性(Second level of pleomorphy;
pleoanamorphy)
図 2 高等菌類における多型性の概念図(Hennebert, 1987 より改変)
テレオモルフ菌類におけるテレオモルフとアナモルフの関係を指す多型性(第 1
レベルの多型性;第 59 条で定義している多型性)と,テレオモルフが不明なアナ
モルフ菌類(“不完全菌類”)における多型性(第 2 レベルの多型性)
.テレオモル
フとアナモルフにつけた番号が同じ場合は同一種を,また,アルファベットは異
なるアナモルフ(シンアナモルフ)を表す.丸括弧内の表記は原典からの引用.
置)
」
が適用されるようになった.これを,
いわゆる「二
2003).しかし,その提案は 1930 年第 5 回国際植物学
重命名法,dual nomenclature」と呼ぶ.
会議(1935 年ケンブリッジ規約)で否決された.一方,
なお,第 59 条で言う多型性とはテレオモルフとア
論理的にも,ICBN の原則Ⅳに則って「1 つの生物に
ナモルフの関係を指すが,
“不完全菌類”を含めた高
対して 1 つの学名を与える(1 生物種 1 学名)
,one
等菌類では分生子形成様式などの形態が大きく異なる
organism - one name」,すなわち「統一命名法,uni-
複数のアナモルフ(シンアナモルフ,synanamorph;
fied nomenclature (unitary nomenclature)」が ICBN
図 1 ④⑥,図 2)をもつものがある.これも高等菌類
を含む全ての生物の命名規約における原則であること
の多型性の一つであるが,特に“不完全菌類”の多型
は言うまでもない.
性(プレオアナモルフィー,pleoanamorphy)に関し
高等菌類における二重命名法から統一命名法への移
て は 第 59 条 で は 言 及 さ れ て い な い[Hennebert,
行の動きは菌類分子系統分類学の発展に呼応した.す
1971; Gams et al., 2003 における Hawksworth のコメ
なわち,分子系統学の進歩によりテレオモルフが分か
ント (p. 505)]
.この問題の詳細については Hennebert
らない高等菌類でもかなりの確かさでそれらの系統分
類学的位置が分かるようになってきたため,これから
(1971, 1987, 1991, 1993)などを参照されたい.
移行すれば二重命名法による「学名のインフレーショ
4.ウィーン規約第 59 条の改正の経緯
ン」を防ぐことができるという主張である.この問題
二重命名法は ICBN における特例であるが,多型的
に関する正式な提案は Reynolds & Taylor(1992)に
な高等菌類だけでなく,いわゆる“接合菌類”と“鞭
より国際植物分類学連合(IAPT)の機関誌である
毛菌類”よりなる下等菌類に対しても,その拡大適用
Taxon7 誌上でなされた.そして,菌類における最初
が 検 討 さ れ た こ と が あ る(Hennebert & Gams,
の DNA 塩基配列の比較研究(Walker & Doolittle,
Taxon: 過去数年分が閲覧可能 http://www.ingentaconnect.com/content/iapt/tax
7
─ 107 ─
国際植物命名規約(ウィーン規約)第 59 条の改正
岡田 元
1983)から僅か 10 年後の 2002 年にアメリカオレゴン
年から 2006 年の間に世界の菌学関係者において 41%
州ニューポートで開催された記念すべき会議
から 92% へと上昇した(Rossman, 2006).
Holomorph Conference(Reynolds & Taylor, 1993)
や 2002 年第 7 回国際菌学会議(IMC7,オスロ)での
5.ウィーン規約第 59 条の改正内容
討論(Gams et al., 2003)を経て,
移行推進派(革新派)
大橋,永益(2007)よりほぼ抜粋したウィーン規約
の Hawksworth (2004) によりこの問題が Taxon に再
第 59 条の和訳を次頁の枠内に示すが,実例(ex.)と
提案された .しかし,Gams(2005a)はこの提案に
付記(note)は割愛した.その際,今回改正された主
8
対する国際植物学会議命名法部会菌類命名委員会
要な部分を下線で示したが,ウィーン規約(現行規約)
(Nomenclature Committee for Fungi, CF9)の否定的
とセントルイス規約(前規約)または東京規約(前々
投票結果を CF Secretary の立場で示し(統一命名法
規約;3 版とも日本語版あり)の原文(英文)比較は
に向けての第 59 条改正に関する Hawksworth の全て
印刷版または以下の IAPT サイトより得られるオン
の提案を否決)
,二重命名法をしばらく維持すべきと
ライン版を参照されたい.
の反対意見(保守派)を述べた.この革新派(Rossman
http://www.botanik.univie.ac.at/iapt/s_ICBN.php
& Samuels, 2005)と保守派(Gams, 2005b)の論争は,
ウィーン規約第 59 条の改正ポイントは,簡単にい
2005 年第 17 回国際植物学会議における決議と前後し
えば,アナモルフの学名に対してテレオモルフを示す
て,アメリカ菌学会ニュースレター(Inoculum) な
エピタイプ 11 を指定することでホロモルフの学名と
どで継続展開された.筆者には詳しい事情は分からな
して使用できるようにし,新たな学名をつくること
(学
いが,結果として,この第 17 回会議命名法部会にお
名のインフレーション)を避けるということである.
ける Hawksworth 提案(CF 委員の S. Redhead によ
具体的には,以下のように改正した.
り一部修正されたもの)に対する投票により,統一命
1)特殊なエピタイプ選定に関する第 59.7 条 12 を新
名法の確立に向けて第 59 条が大きく改正された(2006
設した.
年ウィーン規約)
.さらに,ウィーン規約が出版され
この規定に基づいてエピタイプが選定された場合,そ
る直前ではあるが,2006 年 8 月の第 8 回国際菌学会
の学名はたとえ従来のアナモルフの学名と同じであっ
議(IMC8,ケアンズ)においても「菌類独自の命名
ても,ホロモルフの学名として扱われる.従来の規約
規約(“国際菌類命名規約”
)
」の導入の是非も含めた
では,このような場合,既存のテレオモルフの属名を
第 59 条改正に関する円卓会議が開催された.その会
用いてホロモルフとしての種名を新設するか,あるい
議では数名のパネリストの発表と聴衆者を交えた質疑
は 新 属 新 種 と し て 新 た な ホ ロ モ ル フ を 命 名 し た.
応答の後,統一命名法に賛成であるかどうかなどの設
ウィーン規約では,従来の命名方法に加え,テレオモ
問に対する参加者の無記名投票(アンケート)が求め
ルフを示すエピタイプをそれまでアナモルフのもので
られた(Rossman, 2006; 細矢,2007)
.ほぼ同じ内容
あった学名に対して選定することが可能となり,命名
の設問に対する投票は IMC7 でも行われ(Gams et
者にとっては選択肢が増えた.しかし,これは命名方
al., 2003)
,投票総数や設問形式が異なるため単純には
法としては統一がとれておらず,過渡的な措置と考え
比較できないが,統一命名法への賛成の割合は 2002
られる.
10
提案内容: 2008 年 1 月 1 日以降は,アナモルフあるいはテレオモルフが判明した際,それらに先んじる合法的な学名が
存在する場合には,新たなアナモルフ名あるいはテレオモルフ名の提案を禁止する;テレオモルフが判明した際はその標
本や培養株を用いてエピタイプ選定し(詳細は次項を参照)
,従来のアナモルフの学名がそのままテレオモルフを指すよ
うに変更する(すなわち,新たなテレオモルフ名の提案を避ける)
,など.
8
最新の菌類命名委員会メンバー(CF members)
: http://www.ima-mycology.org/CFF/
9
アメリカ菌学会ニュースレター: http://msafungi.org/inoculum
10
エピタイプ(epitype),解釈基準標本: 1994 年東京規約の第 9.7 条で規定された.すなわち,ホロタイプ,レクトタイプ
または既に指定されたネオタイプ,あるいは,正式に発表された学名と関連づけられた全ての原資料が不明瞭であること
が確実で,分類群の学名の正確な適用のための決定的な同定ができないとき,解釈のためのタイプとして選ばれた 1 つの
標本または図解である.
11
本稿では,第 59 条第 7 項などの条項表記を第 59.7 条のように略記した.
12
─ 108 ─
Microbiol. Cult. Coll. Dec. 2009
Vol. 25, No. 2
国際植物命名規約(ウィーン規約)
第 VI 章 多型的生活環をもつ菌類の学名
International Code of Botanical Nomenclature (Vienna Code)
Chapter VI. Names of fungi with a pleomorphic life cycle
第 59 条
59.1. 減数分裂を伴う有性的な1つのモルフ(テレオモルフ)と体細胞分裂を伴う無性的な1つまたは複数のモルフ(ア
ナモルフ)をもつ,地衣を形成しない子嚢菌類と担子菌類(クロボキン目を含む)において,そのホロモルフ(す
なわち,テレオモルフやアナモルフを含むその種の全てのモルフ)を包含するその種の正名はテレオモルフ(すな
わち子嚢 / 子嚢胞子,担子器 / 担子胞子,冬胞子,または担子器を備える他の器官を形成することによって特徴づ
けられるモルフ)であることを示す要素によってタイプ選定された,あるいは第 59.7 条のもとでエピタイプ選定
された,最も古い合法名である.
59.2. 二語名がホロモルフの学名として適当であるためには,そのタイプ標本,または第 59.7 条のもとでのそのエピタ
イプ標本がテレオモルフの要素を含むと同時に,初発表文もテレオモルフの記載文または判別文を含まなければな
らない(または,初発表文がテレオモルフである可能性が除外できないような語句で記述されていなければならな
い)
(第 59.7 条もみよ).
59.3. 第 59.1 条および第 59.2 条で要求されている条件がみたされなければ,その学名は型分類群 13 に対して与えられた
学名とみなされ,初発表文で記載または引用されたように,そのタイプによって示されたアナモルフに対してのみ
適用される.属より下位の分類群の学名は,著者によって指定されたその分類群がホロモルフであれアナモルフで
あれ,学名のタイプが示す,一般に受け入れられる分類学的位置において用いられる.
59.4. テレオモルフを含むタイプまたはエピタイプ(第 59.7 条)を基準とした学名はアナモルフのタイプだけを基準と
した学名よりも,これらのタイプが同一のホロモルフ分類群に属すと判断された場合,優先権に関わりなく優先さ
れる.テレオモルフによりタイプ選定された学名とエピタイプ選定された学名の競合に際する優先権については原
則Ⅲ14 に従うが,以下の例外がある.すなわち,2007 年 1 月 1 日より前に発表されたテレオモルフによりタイプ選
定された学名は,2007 年 1 月 1 日以降にテレオモルフによって後日エピタイプ選定されたアナモルフタイプを有
す学名よりも優先する.
59.5. アナモルフのみについて言及することが必要,または望ましいと考えられる場合,本条項の諸規定は型分類群に対
して二語名を発表し,使用することを妨げるものではない.
59.6. 基礎異名とされる学名のタイプであるモルフと関係があると著者により判断された新たなモルフを意図的に導入す
ることに対し,直接的かつ明瞭な証拠があり,さらにこの証拠が新分類群の学名を正式に発表するための第 32-45
条の全ての条件をみたすならば,
‘comb. nov.’
(新組合せ)や
‘nom. nov.’
(新名)のような表示は形式上の間違いと
みなされる.導入された学名は新分類群の学名として扱われ,その著者にだけ帰属させられる.新組合せの正式発
表のために要求される条件(第 33 条,第 34 条)のみが充足されている場合は,その学名は新組合せとして受け入
れられ,第 7.4 条に従い,明言されたあるいは暗黙の基礎異名のタイプに基づく.
59.7. 既にアナモルフとして知られているが,そのホロモルフに対して使用できる合法名がない菌類にテレオモルフが発
見された場合,そのアナモルフの学名の初発表文にテレオモルフについて何ら言及がなくても,テレオモルフ時代
を示すエピタイプをそれまでアナモルフのものであった学名に対して選定してもよい.
勧告 59A
59A.1. 菌類の新しいモルフが記載される際は,その学名がテレオモルフのタイプをもつ新分類群(例えば,gen. nov.,
sp. nov., var. nov.),あるいはアナモルフのタイプをもつ新アナモルフ(anam. nov.)のいずれかとして発表され
るべきである.
59A.2. 菌類の新しいモルフを命名する際,同じ菌類の既に記載された別のモルフの学名形容語が使われる場合は,新学
名は,以前の学名に基づく新組合せとしてではなく,場合に応じて新分類群または新アナモルフの学名として指
定されるべきである.
59A.3. テレオモルフとアナモルフの関係が極めて明瞭で,両者に別々の学名を与えることが実用的でない場合は(例え
ば,サビキン類 rust fungi やマユハキタケ科 Trichocomaceae の菌類)
,著者はアナモルフに対する二語名の発
表や使用を避けるべきである.
型分類群(form-taxon): 多型的菌類のアナモルフに対してのみ設定される特別な分類群,アナモルフ分類群.広義には,
テレオモルフが知られていないか,あるいはテレオモルフが存在しない無性的に繁殖する“不完全菌類”の分類群を指す.
13
ICBN の原則Ⅲ(Principle III): 分類学的群の命名法は発表の優先権 priority of publication を基本とする.
14
─ 109 ─
国際植物命名規約(ウィーン規約)第 59 条の改正
岡田 元
2)第 59.4 条において,従来のようにテレオモルフ
るのであろうか? Gams (2005b) は,革新派である
によりタイプ選定された学名と第 59.7 条によりエピ
Rossman & Samuels (2005) が 用 い た Hypocrea –
タイプ選定された学名の競合に際する優先権
(先取権)
Trichoderma の例を使って,早急な移行に対する危
の例外を定めた.
険性を力説している.また,Pitt & Samson (2007) は
3)第 59.1 条と第 59.2 条において,第 59.7 条のエ
応用分野で重要な Aspergillus 属とその複数のテレオ
ピタイプ選定についてふれた.
モルフについて,Penicillium 属同様に,従来の学名
を安定して継続使用することの重要性を述べ,これら
6.第 59 条改正後の実例と今後の動向
の菌類群における二重命名法の存続を訴えた(追記を
第 59.7 条に該当する実例としては,Covert et al.
参照).また,彼らはこれらの新分類群を発表する際
(2007)による Fusarium tucumaniae T. Aoki & al. の
の手順を提案した.すなわち,多相分類学的手法の使
ケースがあり,その概略は青木(2008)により述べら
用推奨,細菌やアーキアの新種などの提案方針(伊藤,
れている.当初,本種はダイズ急性枯死症の原因菌類
2009)を参考にしたタイプ由来株(ex-type strain)
の一つとして F. solani (Mart.) Sacc. から分けられた
の寄託と公開の制度,分類同定に必要な遺伝子塩基配
テレオモルフ不明の Fusarium の新種として報告され
列のデータベースへの寄託,学名の MycoBank15 への
たが,その後の関連培養株との交配実験によりテレオ
登録などである.なお,筆者が第 59 条の改正につい
モルフが誘導された.このテレオモルフの形態を詳細
て特に感じている問題点は次の通りである: 1)例え
に観察した結果,既存の子嚢菌類 Haematonectria 属
ば,アナモルフ菌類としての Fusarium 属菌類の学名
の定義に合致した.しかし,Haematonectria 属の基
と F. tucumaniae のようなテレオモルフを包含するホ
準種の正確な系統的位置は不明なものの,分子系統学
ロモルフとしての学名が Fusarium という同じ属名の
的にこの属は子嚢菌類 Neocosmospora 属の異名と扱
下に混在する; 2)「F. tucumaniae のアナモルフの
う べ き で あ る と 一 般 に 考 え ら れ て い る. 一 方,
分生子」や「F. tucumaniae の子嚢胞子」などという
Neocosmospora 属分類群の形態は F. tucumaniae のテ
専門外の人が混乱しそうな用語の使用を求められ
レ オ モ ル フ と は 大 き く 異 な る. さ ら に,
る; 3)テレオモルフとアナモルフでは属の概念が異
Haematonectria 属より優先権のある子嚢菌類 Nectria
なり,テレオモルフ 1 属にアナモルフ 1 属がきれいに
属は Tubercularia アナモルフ等をもつように再定義
は対応していないため,統一命名は容易くはない; 4)
されたため,その時点では本分類群に対する相応しい
未記載種が多いことに加え,既知種でさえその系統的
既存のテレオモルフ属がなかった.結局,この場合は
位置が不明なものが圧倒的に多い.とは言うものの,
新たな学名をつくらず(所属する子嚢菌類の属を指定
学名のインフレーションを防ぐための現実的方策は以
せず)
,分類群 F. tucumaniae に対して交配実験より
下のようなことではないであろうか: 1)既存のアナ
得られた子嚢殻を含む培養株由来の乾燥標本を「エピ
モルフ菌類のテレオモルフが判明し,新たなホロモル
タイプ」として選定することにより,従来のアナモル
フの学名として既存のテレオモルフの属名を採用する
フ菌類(図 2)としての学名をテレオモルフを包含す
場合は,アナモルフの種形容語をそのまま用いる(テ
るホロモルフの学名へと変更した.但し,今後,関連
レオモルフの属名にアナモルフの種形容語をつけ
子嚢菌類の属が再整理され,本種を所属させるべき適
る)
; 2)新たなテレオモルフとアナモルフを同時に
当な子嚢菌類の属が決まれば,ホロモルフとしての
発表する際は,特別な事情がない限り,ホロモルフの
F. tucumaniae はその属に組み換えられることもあり
学名のみを提案する(既存のアナモルフ菌類の属があ
得る
(種形容語はそのまま残る)
.
いずれにせよ,ウィー
る場合は,例えば Acremonium anamorph などの表
ン規約ではこのようなエピタイプ選定によりアナモル
記にとどめる).
フ菌類としての学名をホロモルフ化することが可能と
以上,バックグランドを含めて概説したが,理想は
なった.
よく理解できるものの,現状では,筆者はウィーン規
改正された第 59 条によって,菌類における学名の
約で改正された第 59 条については引き続き十分な検
インフレーションの抑制や統一命名は順調に達成でき
討が必要であると考えている.事実,次の 2011 年第
http://www.mycobank.org/
15
─ 110 ─
Microbiol. Cult. Coll. Dec. 2009
Vol. 25, No. 2
18 回国際植物学会議(メルボルン)に向けて「多型
(株)テクノスルガ・ラボ学術顧問 杉山純多博士なら
的生活環をもつ菌類の命名法に関する特別委員会
びに(独)農業生物資源研究所 青木孝之博士に感謝
(Special Committee on Names for Pleomorphic
いたします.
Fungi)
」が設置され 16,検討が進められている.多型
的生活環をもつ菌類の学名に関しては,しばらくの間
文 献
は多少の混乱が生じ(追記を参照)
,また規約の揺り
青木孝之(2008).国際植物命名規約(ICBN)第 59
戻しなどもあるかもしれない.Taxon や Inoculum な
条の改正とその適用例:菌類の学名は一本化される
どに掲載される報告や意見などに注意しながら,今後
のか . 第 9 回植物病原菌類談話会講演要旨集(日本
の動向をしばらく見守る必要があろう.
植物病理学会):16-21.
Covert, S.F., Aoki, T., O’Donnell, K., Starkey, D.,
追 記
Holliday, A., Geiser, D.M., Cheung, F., Town, C.,
ヒトのアスペルギルス症を引きおこす日和見病原性
Strom, A., Juba, J., Scandiani, M. & Yang, X.B.
菌 Aspergillus fumigatus のテレオモルフが最近発見
(2007). Sexual reproduction in the soybean sudden
され,Neosartorya fumigata O’Gorman & al. として
death syndrome pathogen Fusarium tucumaniae.
発表された(O’Gorman et al., 2009)
.Nature に掲載
されたこの論文において,著者らは,この経済的に重
要な菌に対して長年使われてきた A. fumigatus とい
う学名の重要性に言及してはいるものの
(Supplementary notes を参照)
,ウィーン規約第 59.7
条については全くふれず,Pitt & Samson (2007) が
Aspergillus 属とそのテレオモルフにおいて推奨した
Fung. Genet. Biol. 44: 799-807.
Gams, W. (2005a). Report of the committee for fungi:
13. Taxon 54: 828-830.
(http://www.ingentaconnect.com/content/iapt/
tax/2005/00000054/00000003/art00031)
Gams, W. (2005b). Towards a single scientific name
for species of fungi: a rebuttal. Inoculum 56(6): 1-3.
二重命名法を採用した[但し,Pitt & Samson (2007)
(ht t p:/ / ms a f ungi.o r g/ w p-c o nt e nt / uploads/
の新分類群を発表する際の手順については完全には
従っていない]
.しかし,Hawksworth (2009) は,O’
Gorman et al. (2009) による N. fumigata の提案が
Inoculum/56(6).pdf)
Gams, W., Korf, R.P., Pitt, J.I., Hawksworth, D.L.,
Berbee, M.L., Kirk, P.M. & Seifert, K.A. (2003). Has
ウィーン規約に違反するものではないとしながらも,
dual nomenclature for fungi run its course? The
この事例に対して第 59.7 条を適用すべきであった(す
なわち,新たな N. fumigata という学名を提案するの
ではなく,エピタイプ選定により A. fumigatus の学
名をホロモルフ化すべきであった)と読み取れる反対
意見を述べた.両者にはそれぞれの言い分があるが,
筆者は,Aspergillus 属の代表的なテレオモルフ属
(Eurotium, Neosartorya, Emericella)は形態・生理
(・ 生 態 ) に よ り 区 別 で き る た め,
「 有 名 な A.
fumigatus」であっても,新たに判明したそのテレオ
Article 59 debate. Mycotaxon 88: 493-508.
Hawksworth, D.L. (2004). Limitation of dual nomenclature for pleomorphic fungi. Taxon 53: 596-598.
Hawksworth, D.L. (2009). Separate name for fungus’s
sexual stage may cause confusion. Nature 458: 29.
(http://www.nature.com/nature/journal/v458/
n7234/full/458029c.html)
Hennebert, G.L. (1971). Pleomorphism in Fungi
Imperfecti, In Kendrick, B. (ed.), Taxonomy of
モルフに対してアナモルフの種形容語をそのまま用い
Fungi Imperfecti, p. 202-223, University of Toronto
た N. fumigata を提案することは現状では許容できる
ものではないかと考えている.
Press, Toronto.
Hennebert, G.L. (1987). Pleoanamorphy and its
nomenclatural problem, In Sugiyama, J. (ed.),
謝 辞
本稿をまとめるにあたり有益なご助言をいただいた
Pleomorphic Fungi: the Diversity and its
Taxonomic Implications, p. 263-290, Kodansha &
初期のメンバーは以下の報告に記されているが,その後,多少変更があった.http://www.ima-mycology.org/CFF/pdf/
Letter3_61107.pdf
16
─ 111 ─
国際植物命名規約(ウィーン規約)第 59 条の改正
岡田 元
cgi-bin/reference.cgi)
Elsevier, Tokyo & Amsterdam.
Hennebert, G.L. (1991). Art. 59 and the problem with
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(ht t p:/ / ms a f ungi.o r g/ w p-c o nt e nt / upl oads/
Inoculum/56(6).pdf)
Hennebert, G.L. & Gams, W. (2003). Fundamentals
for suppression of dual nomenclature in pleomor-
O’Gorman, C.M., Fuller, H.T. & Dyer, P.S. (2009).
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(deuteromycetes) into the Ascomycota and
fungal pathogen Aspergillus fumigatus. Nature
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Basidiomycota.
〔http://www.mycotaxon.com/resources/Hennebert
(http://www.nature.com/nature/journal/v457/
n7228/full/nature07528.html)
Gams2003.pdf; 概要は Hennebert (2003) により同じ
タイトルで Mycotaxon 88: 509-514 に掲載されてい
大橋広好,永益英敏(編)(2007).国際植物命名規約
(ウィーン規約)2006 日本語版,日本植物分類学会,
る〕
上越.
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集 植物学編(増訂版)
,丸善,東京.
(オンライン学術用語集,http://sciterm.nii.ac.jp/
─ 112 ─
(担当編集委員: 伊藤 隆)