原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収 [ PDF 8P/5.5

JFE 技報 No. 32
(2013 年 8 月)p. 79-86
原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
Vapor Recover y Technique for Crude Oil Ship Loading
— Spray Absorption
渋谷 佳樹 SHIBUYA Yoshiki JFE エンジニアリング エネルギープラント事業部 技術部 化学プロセス主幹
要旨
産油国において,洋上の出荷基地で原油タンカーに出荷する際に排出されるガスが大気汚染源となっている。こ
の排出ガスから炭化水素成分を回収するプラントを浮体上に設置する場合,浮体の揺れによる影響を受けないスプ
レー式の吸収器が必要となる。原油のベーパーを原油のスプレーで吸収した事例はなく,実証試験を実施した。原
油と原油のベーパーは多成分のため性能の検証が難しいが,回収量が最も多いブタンに着目することで吸収性能が
詳細に確認でき,実用の可能性が高まった。また,モデルを作って解析したところ,実証試験結果と計算結果がよ
く一致したことで,大型の装置を設計するための基準が得られた。
Abstract:
In petroleum exporting countries, exhaust gas from crude oil tanker through loading operation at of fshore
terminals is the serious pollutant. A spray absorber, which is not affected by pitching and rolling motions in a floating
plant, will be key equipment for the vapor recovery from crude oil ship loading. Because there was no case to apply
crude oil sprays for vapor recovery, a series of pilot tests had been conducted to confirm the performance of spray
absorber. Crude oil vapor is very complex in nature and it makes the analysis of the pilot test result quite difficult. By
focusing on butane, the performance evaluation was easily performed and the possibility to apply the spray absorber
was suggested. A simplified model was proposed to trace the phenomena in the absorber, and it was proved that the
performance could be simulated by the calculations based on the model.
2.タンカー排ガス処理設備
1.はじめに
2.1 喜入基地の処理設備
タンカーによる原油の大量輸送では,原油の積込み時に
喜入基地の TVR 設備のプロセスフロー図を図 1 に示す。
発生するベーパーが大きな問題になっている。すなわち,
VOC(揮発性有機化合物)の大量排出源の一つとして環境
タンカーから排出されるベーパーはベーパー回収ライン
汚染の原因になっており,米国環境保護局 (EPA)では VOC
で TVR 設備に送られる。TVR 設備内では,まずベーパーは
1)
汚染に由来するグランドレベルオゾンを警戒している 。ま
スクリューコンプレッサーで昇圧され,その後冷却されて不
た,特に硫黄分の多い原油では,ベーパーによる悪臭が出
荷基地の従業員などに悪影響を与えている。さらに,排出
している VOC が LPG(液化石油ガス)やガソリンに相当す
Compressor
10 000 m3-norm./h×2
る成分を含み,エネルギーが無駄に放散されている。JFE エ
ンジニアリングは 2007 年に JX 日鉱日石石油基地(株)の
喜入基地に世界最大級のタンカー排出ガス処理設備(Tanker
Tanker
vapor
Knockout
drum
vapor recover,以下 TVR)を竣工した。この技術を産油国
Ground
flare
Absorber
(Packing tower)
向けに展開する際に必要なスプレー吸収について実証試験
を行なった。
Seal
drum
Knockout
drum
Degassing
tower
Tanker
No. 1―No. 4 Jetty
Crude oil
return
50 000 kl
Crude oil tank
Crude oil
supply
図 1 JX 日鉱日石石油基地
(株)タンカー排出ガス処理設備
Fig. 1 Process flow of tanker vapor recover y (TVR) at
Kiire Terminal, JX Nippon Oil & Energy Staging
Terminal Corp.
2013 年 3 月 15 日受付
- 79 -
原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
規則充填物が充填された吸収塔に導入される。吸収塔では
往復動の慣性で側面にたたきつけられることが推測される。
吸収用の原油が同じく冷却されて流通しており,吸収塔内
この結果,吸収用原油は不規則充填物の表面積をうまく生
で原油とベーパーが向流接触してベーパー中の炭化水素成
かせず,吸収に必要な液面の面積を吸収塔内に確保するこ
分が回収される。
とができなくなる。長引く原油高により,近年になって大深
近年,喜入基地の原油中継備蓄基地としての役割はわが
海の油田開発が積極的に行なわれ,FPSO と呼ばれる浮体式
国にとってますます重要となってきている。年間に TVR 設
の原油洋上生産貯蔵設備が多く稼働するようになったが,こ
備が処理するベーパーは 10 万トンタンカーを中心に約 300
の中でも大きな充填塔は使用されていない 。
2)
隻であり,ここで回収される原油は年間 1 万キロリットルに
もなっている。
揺動に強い吸収装置としてはスプレー吸収器やサイクロ
ン吸収器が考えられるが,原油が産地により性状が大きく
異なることや,ベーパーにも未知な部分が多いことから,一
2.2 産油国への適用
番シンプルなスプレー形式の吸収器を想定した。充填物を
このように,TVR 設 備 は 環 境 対 策 設 備 でありながら,
利用する吸収塔では,メーカーから得られるデータおよび喜
VOC を回収することで大きな利益を生み出す設備である。
入基地での実績値から最適な設計が可能だが,原油を噴霧
この優れた環境対策技術を原油出荷の多い産油国へ適用す
するスプレー吸収器でベーパー回収を行なった事例はなく,
ることで,産油国への技術貢献をするとともに将来にわたっ
設計に必要なデータが不足している。そこで,2012 年度に
て原油の供給元を確保するための一助になると期待できる。
JX 日鉱日石エネルギー(株)
,および JX 日鉱日石石油基地
しかしながら,実際には産油国に適用するにあたって,多く
(株)の協力も得てスプレー吸収器の実証試験を行なうこと
の技術的なハードルを越えなくてはならない。たとえば,産
となった。
油国におけるタンカー出荷の多くが,陸上から遠く離れた洋
上にある設備で出荷されていることである。このため,排出
3.試験装置
ガス処理プラントを設置する場所が確保できない。そこで,
3.1 スプレー吸収試験設備の概要
当社ではユニバーサル造船(株)
(現ジャパンマリンユナイ
テッド(株)
)とタイアップし,バージ上にプラントを建設
スプレー塔実証試験は喜入基地内にて実際の吸収用原油
してタンカーに係留する方式を考案し,比較的少ない設備
と実際のタンカー排出ガス(ベーパー)を使用して行なった。
費で洋上プラントを建設する提案を行なった。提案したプ
スプレー吸収器実証試験設備の概要を図 3 に示す。
ラント搭載のバージを図 2 に示す。
スプレー吸収器は内径 500 mm の横置き円筒型圧力容器
ここで問題となるのが吸収塔である。この浮体式プラント
である。タンカーガスを水平方向に流し,原油を上から下
ではバージの上にプラントを設置するため,波浪による揺動
向きにスプレー噴霧する。スプレーノズルは,ガスの流れに
が避けられない。吸収塔は直径 3 m,高さが 20 m を超える
沿って多数配置される十字流方式の吸収器とした。図中で,
巨大なものであり,デッキ上ではわずかな揺れでも塔頂では
タンカーガスは吸収器の左側から流入して,低い流速で右
大きな振幅の揺れとなる。塔頂から供給される吸収用原油
へ向かって流れる。原油は上部から多数のノズルで噴霧し
は,傾いていることにより不均一な流下になるだけでなく,
直接接触させる。スプレーノズルは 4 つのブロックに分け,
それぞれのブロックごとに流量の調節ができるようにした。
TR PR
vapor from
tanker
FR
PCV
Sample
Vent gas
Steam
Sample
FG
FG
FG
Splay absorber
Steam
Crude oil
supply
Absorbent
drum
FG:Flow gauge
PR:Pressure recorder
LC:Level control
図 3 スプレー吸収器実証試験設備の概要
Fig. 2 Custom build vessel for offshore tanker vapor recovery
(TVR)
JFE 技報 No. 32(2013 年 8 月)
Coalescing
filter
Crude oil
return
FR:Flow recorder
TR:Temperature recorder
PCV:Pressure control valve
図 2 洋上出荷基地向けタンカー排出ガス回収設備
FG
Fig. 3 Field test apparatus for spray absorption
- 80 -
LC
原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
定量を実施した。その他,流量および温度・圧力などのデー
タはセンサーの信号をデータロガーで記録した。
4.試験結果
4.1 結果の概観
スプレー吸収器では通常は理論段一段相当の吸収がター
ゲットとして設計されるが,噴霧の状態などにより一段の平
衡にも達しないことが懸念された。多くの試験条件による分
写真 1 スプレー吸収器の写真
析結果から,タンカーガスからの HC 回収の効率がどの程
Photo 1 Overview Photo of the Test Spray Absorber
度かを確認した結果を図 4 に示す。横軸を入口ガスの HC
濃度,縦軸を出口ガスの HC 濃度としている。
広範囲の噴霧液滴径でテストをするために,スプレーノズル
一段相当の吸収では,出口濃度は入口濃度および吸収液
を簡単に交換できるノズル取り付け座を配置した。吸収し
流量とガス流量の比率 L/G で決まる。そこで,プロット点
た原油は下部から排出される。通過したガスは,出口側の
の試験条件で L/G を色の濃淡で表現した。また,プロセス
上部にあるデミスターを通って随伴する原油のミストを除去
シミュレーターで温度 20℃の条件で平衡計算した結果を同
して排出される。
じグラフに示す。L/G が小さい結果の多くは計算値より出
さらに,下流には念のためコアレッサーを設置して,原油
口濃度が高く,一段相当の吸収ができていない。一方,L/G
のミストが下流へ飛散するのを防ぐこととした。試験条件と
が大きいものは計算値よりも出口濃度が低い結果もあり,
して気温よりも若干高めで運転できるように,原油とタン
L/G 以外の要素が影響していると考えられる。
カーガスのいずれも,吸収器に導入される前にスチームで
4.2 結果の詳細確認
加熱する熱交換器を設置した。試験スプレー吸収器を写真 1
原油と原油ベーパーの系は多成分の混合物であり,また
に示す。また,噴霧の状況を直接監視できるように,吸収
器にはのぞき窓および明かり取り窓を設けた。
液側の蒸気圧が高いため,場合によっては吸収の逆で液か
らの蒸発が発生するなど,吸収性能の解析が非常に難しい。
3.2 スプレーノズル
14
Outlet gas HC conc.(vol%)
使用したスプレーノズルの仕様を表 1 に示す。スプレー
ノズルは,標準的な充円錐(フルコーン)ノズルを選定した。
充円錐ノズルをはじめとして一般的な一流体ノズルでは,
小さいノズルを使用すると噴霧流量が少ないだけでなく,噴
霧の平均液滴径が小さくなる。逆に,大きめのノズルでは
同じ圧力で噴霧した場合には流量が増加するとともに噴霧
液滴径が大きくなる。また,同じノズルでは圧力を高くする
と流量が増えるとともに液滴径が小さくなる。
12
10
6
L/G <0.05
0.05<L/G <0.1
0.1<L/G <0.15
0.15<L/G <0.2
0.2<L/G
4
2
0
3.3 分析,記録
=0.05
=0.1
=0.2
=0.3
3
L/G(kl/m -norm.)
8
5
10
15
20
25
30
Inlet gas HC conc.(vol%)
HC:Hydrocarbon
L/G:(Liquid flow)
(
/ Gas flow)
図 1 のフロー図に記載のあるガス入口および出口において
分析用のガスをサンプリングし,ガスクロマトグラフィーで
炭化水素(HC)成分の定量を,オルザット分析器で CO2 の
図 4 試験結果の概要
Fig. 4 Overview of the test result
表 1 使用したスプレーノズルの仕様
Table 1 Spraying data of the emplyed spray nozzles
Model number
Spray angle
0.05 MPa
0.1 MPa
0.2 MPa (Standared)
0.5 MPa
0.05 MPa 0.2 MPa 0.5 MPa Flow (l/min) d32 (mm) Flow (l/min) d32 (mm) Flow (l/min) d32 (mm) Flow (l/min) d32 (mm)
020
60°
65°
55°
1.06
483
1.46
411
2.00
350
2.91
290
040
60°
65°
55°
2.12
579
2.91
493
4.00
420
5.81
348
060
70°
75°
65°
3.18
655
4.37
558
6.00
475
8.72
393
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0.8
Gas phase partial pressure, pA
Recovered butane(m3-norm./h)
原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
0.6
0.4
0.2
0
−0.2
Initial point
m
pA
b
ili
u
Eq
riu
Gas phase driving
force:
(pAi−pA)
Gas phase gross driving
force:
(pA*−pA)
Final point
pAi
Liquid phase driving
force:
(CAi−CA*)
pA*
Liquid phase gross driving
force:
(CA−CA*)
0
CA*
CAi
CA
Liquid phase concentration, CA
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1.0
1.2
図 7 一段吸収の溶解平衡線
Butane at inlet gas(m3-norm./h)
Fig. 7 Equilibrium solubility curve
図 5 ブタン成分の吸収
5
Exit gas conc.(vol%)
Fig. 5 Absorbed butane flow depends on feed butane flow
0.2
Dispesion
0.1
0
−0.1
−0.2
−0.3
0
10
20
30
40
4
Parameter fitting:
CLin:Equivalent
liquid initial conc.
=1.8 vol% at 15℃
=3.4 vol% at 44℃
3
2
α:combined factor
on Raoult s law
=72 m3-norm./kl at 15℃
=41 m3-norm./kl at 44℃
1
0
Other conditions
12 m3-norm./h,020×4 0.5 MPa 0.82 kl/h
Assumption:
The line y=x is
the lower side
border.
1
2
3
4
5
Equilibrium conc.(vol%)
50
図 8 計算による平衡濃度と出口ガス濃度
Temperature(℃)
Fig. 8 Calculated equilibrium conc. vs. Analyzed exit conc.
図 6 温度の影響
Fig. 6 Temperature effects on the performance
4.3 バランス計算との照合
今回の一連の試験では,吸収器の入口と出口の組成値があ
前述のシミュレーションでは,原油の物性はシミュレー
るため,ひとつの成分に絞って解析を行なうこととした。吸
ターの持っているデーターベースに修正を加えたものを使
収量が最も多い成分であるブタン(i-ブタンと n-ブタンの和)
用したが,ブタンに限定した一段吸収の平衡値であればラ
を利用する。図 5 は横軸に入口ガス中のブタンの流量を,
ウールの法則またはヘンリーの法則に従うとして簡単な計
縦軸に回収されたブタンの流量をプロットしたものである。
算ができる 。
3)
HC 全体で捉えたグラフと比べて,非常に高い相関が見ら
図 7 はヘンリーの法則に従う場合の一段吸収溶解平衡線
れる。最小二乗法による一次回帰直線も示した。ここに示
図である。横軸に液側の濃度,縦軸にガス側の分圧をとっ
す入口のブタン量と回収ブタン量の関係が,回帰直線を平
てある。今回の試験では温度と圧力はほぼ一定なので,簡
均として上下に分散しており,これは試験条件の違いによる
略化しガスの分析値にすべて換算した。すなわち,ガス側
吸収量の大小が表現されていると考える。
は分圧を濃度に換算し,液側でも濃度に対応するガス側の
この回帰直線からの偏差に着目し,影響の大きい要素を
探した。気液平衡は温度の影響を大きく受けるので,その
3
平衡濃度に換算した。その係数として a (m -norm./kl)を
定義し,平衡値 CGeq について以下の式をたてた。
確認を行なった。横軸に温度をとった偏差のグラフを図 6
C +C Lin × L /G ×a
C Geq = Gin
……………………………………………………
(1)
L /G × a +1
に示す。
温度を変えた試験では条件を統一したため,非常に強い
相関が見られ,温度の影響が大きいことがわかる。常温で
この式で CLin と a をパラメータフィッティングで求める。
行なった試験も,実際は 12℃から 26℃の範囲で温度が異な
条件の良い試験結果では計算された平衡値付近まで吸収
ることから,これが分散の要因になっていると考えられる。
が進んでいると考え,実測値のプロット群が y=x の線に接
するように求めた。また,4.2 節で述べたとおり,気液平衡
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原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
であるから温度によって大きな影響を受けるため,CLin と a
(Spray nozzle)
=
(Input of
kinetic energy)
はともに温度の一次関数とした。この結果を図 8 に示す。
スプレーの条件と吸収量について 5 章で考察する。
(Aspiration and
acceleration by spray)
=
(Transfer of kinetic
energy)
Gas recycling zone
5.考察
5.1 スプレー吸収の理論
気液直接接触による物質移動では,ミクロにはガス側拡
(Impinging on wall)
=
(Output of kinetic
energy)
Spray zone
散速度,気液界面の面積,液滴内拡散速度が支配し,マク
図 9 ガス流れと運動エネルギーのバランス
ロにはガス滞留時間,液ホールドアップが重要な要素であ
Fig. 9 Model based on the balance of kinetic energy
る。充填塔の場合には非平衡ながら定常状態の連続を考え
ればよく,計算手法が確立している。一方,スプレーによる
60
には非定常の解析が避けられず,難解なシステムである。
50
Droplet velocity(m/s)
気液直接接触は設備としてはシンプルだが,検討を行なう
液滴が飛行する運動と,これに伴う周囲のガスの流動を
把握した上で,界面とその近傍の物質移動を検討するべき
4)
だが ,原油を噴霧した場合の微小液滴の状態は,計測も
推算も困難である。このように実測データを得られない未知
の数値が多数必要になる。さらに,原油のベーパーと原油
という多成分系のため,厳密なモデルで説明することは不
可能に近い。ここではスプレー吸収の能力検討に不可欠な,
Initial velocity
=60(m/s)
=50(m/s)
=40(m/s)
=30(m/s)
=25(m/s)
=20(m/s)
=15(m/s)
=10(m/s)
40
30
20
10
0
液滴の滞留時間と液滴表面でのブタンに限った物質移動速
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
Distance from nozzle(m)
度の二つに絞り,簡略化したモデルを構築して計算と実績
図 10 スプレー液滴の速度変化の例
値を照合する。
Fig. 10 Calculated droplet velocity distribution
5.2 液滴の滞留時間
噴霧の外側でのガスの運動エネルギーを無視し,さらに
ノズルから放出された液体は分裂して液滴となり,その後
は減速を続ける。この減速を表現する式としてよく使われる
5)
壁に衝突する瞬間にはガスが液滴の速度になっていると仮
のは,球体が空気抵抗で減速する運動方程式である 。し
定すれば,噴霧領域内での運動エネルギーの移動量とその
かし,これはガスが静止した空間で他の運動する物体の影
ときの速度が簡単に算出できる。噴霧流量によって異なる
響を受けない前提であり,連続的なスプレー噴霧でこの式
が,実際に使用したノズルと吸収器で計算した例を図 10 に
を適用するのは合理的でない。減速により失われる運動エ
示す。
ネルギーはガスに受け渡されるが,無数の液滴が連続して
このグラフを積分すると,実際に行なった試験条件の大
通過すれば周囲のガスは加速され,すぐに液滴の速度とガ
半は滞留時間が 0.1 秒前後であったと推定され,のぞき窓か
ス流速が等しくなる。このようにスプレー全体を捉えて運動
らのビデオ撮影の解析とも一致する結果である。
エネルギーのバランスする速度を求める手法が,ミクロに液
5.3 スプレー吸収の簡易モデル
滴の運動を考えるよりも簡単で,しかも実際の動きをうまく
説明できる。
5.2 節で述べたとおりスプレーからエネルギーを得たガス
系内のガス流れを噴霧されている領域とそれ以外の領域
は噴霧によって激しく撹拌されていることが目視でも確認さ
に分けて図 9 に示すようにモデル化する。噴霧の領域では
れた。今回の系では前述の通り液側の滞留時間が 0.1 秒以下
ガスが液滴に加速されて運動エネルギーを得,それが壁に
と短いのに対してガスは数分の滞留時間があり,完全混合
衝突して失われる。ガスはノズル近傍で液柱が液滴に分裂
に近い状況であることが推察される。このためガス側の拡
するときに加速されるが,その後も噴霧の拡がりに合わせて
散速度は無限大で濃度分布がないという仮定をする。さら
連続的にガスが引き込まれて加速する。最終的に壁に衝突
に,今回のように発生源である液体を吸収液として使用する
する直前の断面積分が液滴と同じ速度になり,かつここまで
共洗いのガス吸収では,一般的に L/G が極端に大きい操業
のエネルギーバランスが取れていると考える。衝突した液
条件になり液側の濃度変化は非常に小さい。液滴が小さく
滴は流下排出されるが,ガスは外の領域を通ってスプレー
拡散距離が短いことも考え,液滴内拡散速度も無限大で液
ノズル近傍へ戻る。
滴内に濃度勾配がないという仮定をする。これらの仮定によ
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原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
くなっている。いずれにせよ,この操作で変化があるのは液
Gas phase conc., CG
(a)Typical single stage
滴内のブタン濃度だけと考える。液がスプレーノズルから
CGin
噴出し,壁に衝突するまでの短い時間にこの操作が行なわ
れることになる。この液滴のブタン濃度変化をトレースする
CGeq
式を導く。ある時間の CGi と CLi の関係は(c)図での比例
関係から(2)式で表せる。
CG*
0
Driving force
C Gi -C Geq C Leq -C Li
=
……………………………………………………
(2)
C Gin -C Geq C Leq -C L*
*
CL
CLeq
Liquid phase conc., CL
このモデルを適用するに当たって,ヘンリーの法則が成り
Gas phase conc., CG
(b)Perfect mixing case
立つとすれば,前章で述べた通り原油側の濃度は平衡にあ
CGin
るガス濃度と一次の関係にあり,置き換えて扱うことができ
る。すなわち添え字 の G と L を同 等に 扱えるとすると,
CGeq
(2)式は(3)式のように展開できる。
CG*
0
(C Gin -C Geq ) ¥ (C Geq −C G*)
C
= C Geq ……………………………………………………
(3)
Li
C Gin -C Geq
Driving force
CL*
CLeq
Liquid phase conc., CL
ただし,図 11(c)に示すようにドライビングフォースに
はガス側の平衡濃度と終点濃度の差がプラスに作用する。
Gas phase conc., CG
(c)Actual model
CGin
DF = C Gex -C Li
CGex
CGeq
CG*
0
(
) (
)
C Gin -C Geq ¥ C Geq -C G*
= C Gex -C Geq +
………………………………………………………
(4)
C Gin -C Geq
Driving force
ここで,DF:ドライビングフォース(vol%)
CL* CLex CLeq
Liquid phase conc., CL
すなわちモデルとしてはガス側が完全混合で均一な濃度
として液側濃度を計算するが,
(4)式の上ではガス側濃度
図 11 物質移動モデル
が初期濃度から終点濃度へと変化する単純なものとなる。
Fig. 11 Model of mass transfer
5.4 物質移動係数
りガス側はある容積全体で,液側は噴霧されてからある時
5.3 節に記したモデルを適用して試験結果の解析を行なう
間経過した微小時間において,それぞれの代表濃度だけを
にあたり,CGin にはガス入口の分析結果を,また CGex は出
考慮して物質移動を考えることができる。このように簡素化
口の分析結果を使用した。CG*には 4 章でフィッティングに
したモデルについて以下に述べる。
より求めた原油の入り口濃度に対する平衡ガス濃度 CLin を
図 11(a)
~
(c)は縦軸にガス側の濃度 CG,横軸に液側に
使用した。これに加えて試験条件の L/G と 4 章でフィッティ
換算した相当ガス濃度 CL をとった溶解平衡線図で物質移動
ングにより求めた a を使用して平衡濃度 CGeq を算出し,操
のモデルを考えたものである。まず,
(a)図は前述した一般
作線の具体的な数値とした。これらの値により求めるドライ
的な吸収の操作線を今回のガス相当濃度に書き直したもの
ビングフォースから,
(5)式により微小時間内の物資移動を
である。液とガスが並流で流れ平衡に到達する十分な時間
求め,次の濃度を算出する逐次計算を行なうことができる。
がある前提の理想的な操作線である。ガス側,液側ともに
初期のドライビングフォースが大きく効率が良い。これに対
N = K ¥ S ¥ DF ¥ Dt …………………………… (5)
して,スプレー吸収器ではガス側が完全混合と仮定すると,
(b)図のようにガス側の濃度は系内に入った瞬間にほぼ平
衡濃度になってしまい,物質移動のドライビングフォースは
3
ここで,N:微小時間の物質移動量(m -norm.)
2
S:気液界面面積(m )
(水噴霧相当)
3
2
小さくなる。しかし,現実には平衡まで到達することはなく,
K:物質移動係数(m -norm./(m ・vol%・s)
)
ガス側の濃度は(c)図のように平衡よりも高い出口濃度で
D t:計算の微小時間(s)
一定になっているために,ドライビングフォースが若干大き
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原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
Gas phase butane conc.(vol%)
表 2 典型的なスプレー条件の例
Table 2 Spraying data of the emplyed spray nozzles
Run number
1207B
1118I
1207A 1116E 1116L 1116M
Gas flow rate (m -norm./h) 12.46
5.25
11.99
11.08
11.02
5.72
Spray rate
1.64
0.9
1.66
1.24
1.24
3
Temperature
Inlet C4H10
Outlet C4H10
(kg/h)
0.35
(℃)
17.2
24
16.2
23.5
23.6
23.6
(vol%) 2.593
4.694
2.438
4.723
4.67
4.619
vol% 2.163
2.563
1.999
2.631
2.761
2.64
(kg/m -norm.) 0.028
0.312
0.075
0.15
0.113
0.217
Equilibrium conc. (vol%) 2.149
3
L/G
5
1207B
1116I
1207A
1116E
1116L
1116M
4
3
2
1
2.414
1.957
2.504
2.571
2.285
0.20
060
020
040
060
060
(MPa)
0.1
0.2
0.5
0.5
0.5
0.5
Initial velocity
(m/s)
30.2
41.6
60.4
60.4
60.4
60.4
Droplet diameter
(mm)
0.41
0.455
0.28
0.325
0.37
0.37
図 13 物質移動逐次計算結果
65
Fig. 13 Iterating calculation of mass transfer for each test
Nozzle
Spray pressure
Spary angle
(°
)
62
75
55
60
65
0
50
150
200
250
300
400
K・Δt=0.01
−0.2
Number of iterations
1207B
1116I
1207A
1116E
1116L
1116M
−0.1
−0.3
300
200
1207B
1116I
1207A
1116E
1116L
1116M
100
−0.4
−0.5
350
Number of iterations
0
Distance from nozzle(m)
100
0
0
0.02
0.04
0.06
0.08
0.1
0.12
0.14
0.05
0.16
0.1
0.15
0.2
Retention time(Calculated)
(s)
Time(s)
図 14 滞留時間と繰返し計算回数
図 12 各スプレー条件の液滴滞留時間
Fig. 14 Correlation between the number of iterations and
retention tome
Fig. 12 Retention time calculation for each test
スプレー噴霧での平均液滴径については,公表されてい
物質移動の逐次計算では,ガス濃度や試験条件としての
る水噴霧の液滴径を利用し,系内で微小時間に流れる気液
ガスと原油の流量,および噴霧の平均液滴径など多数のデー
界面面積(水噴霧相当)を計算して使用した。計算には物
タをもとに計算される。さまざまな条件のデータだが,終点
質移動係数の仮定値と微小時間の設定値が必要になるが,
に至るまでの時間は前の液滴滞留時間と似た関係になって
計算式では互いに反比例の関係であり,微小時間と物質移
いる。そこで,この滞留時間に対して出口濃度に到達するま
動係数の積 K・D t を設定した。CGi=CGin となる初期濃度か
での繰り返し計算回数をプロットしたものを図 14 に示す。
ら始めて,逐次計算を CGi=CGex となる出口濃度に到達する
まで繰り返した。
表 2 に示した 6 点での計算結果が原点を通る直線状に並
んでおり,エネルギーバランスのモデルで計算した滞留時
間と完全混合モデルによる物質移動の逐次計算回数が比例
5.5 モデルの検証
していることが分かる。この結果,いずれも十分な精度があ
スプレー条件などを変化させた試験の典型的な例 6 点に
ると判定でき,グラフから物質移動係数を算出できる。物質
移動の繰り返し回数 300 回が滞留時間 0.15 秒に相当するの
ついて計算した結果を表 2 に示す。
まず,それぞれのスプレー条件で前述のエネルギーバラ
で,繰り返し計算の微小時間 D t は 0.000 5 秒であり,物質
ンスにより逐次速度を算出し,500 mm 進むまでの滞留時間
3
2
移 動 係 数 K は 0.01÷0.000 5=20 m -norm./(m ・vol %・s)
を求めた経過を図 12 に示す。
と推定される。
これとは別にガス側濃度一定でドライビングフォースを算
噴霧液滴径に関してはメーカーの公表する水噴霧の場合
出する物質移動の逐次計算を,K・D t を 0.01 と設定して行
の値を使用しており,物質移動係数も水噴霧相当の界面表
なった。こちらもガス側平衡濃度が入口濃度から出口濃度
面積基準となっている。今回はこの前提でうまくまとまった
まで吸収が進む様子を図 13 にプロットした。
が,ノズルのメーカーやノズルの内部構造が異なる場合に
- 85 -
JFE 技報 No. 32(2013 年 8 月)
原油タンカー出荷時のベーパー回収技術 ― スプレー吸収
も同じ評価ができるかについては,今後の調査が必要であ
参考文献
1)EPA Proposed stronger ground-level ozone standards, Professional
Safety 2007, vol.52, no. 8, p. 14.
る。
2)Lapidaire, P.;Leeuw, P.The effect of ship motions on FPSO topsides
design. Offshore Technology Conference 8079. Houston, USA, 1996.
3)Reid, R. C.;Prausnitz, J. M.; Poling, B.E. The properties of gases and
6.おわりに
liquids. 4th ed., McGraw-Hill, 1986.
原油のベーパー中に含まれる炭化水素を原油によるスプ
4)釘島正弘,中島 晋,国武幹生,永岡義久.液滴吸収モデルによるコー
レー吸収で回収するプロセスにおいて,
(1)成分としてブタ
クス炉ガス精製プロセスの操業ガイドの開発.川崎製鉄技報.1987,
ンのみを対象にして解析する,
(2)液滴の速度は運動エネ
ルギーのバランスから解いて求める,
(3)物質移動につい
vol. 19, no. 2, p. 15.
5)梶畠賀敬,三輪靖雄,阪田祐作.スプレー液滴シミュレーションモデ
ルによる排煙脱硫装置の開発.化学工学論文集.2006, vol. 32, p. 59.
ては原油側の濃度をガス側の平衡濃度に換算し,ガス側完
全混合として簡単なモデルで逐次計算するという手法を用
いることで簡単かつ精度よく物質移動係数が求められた。こ
れにより,大型の設備でも対応可能な設計基準を構築する
ことができる。
今回の実証試験は一般財団法人国際石油交流センターに
よる平成 24 年度産油国石油精製技術等対策事業費補助金の
交付を受けて実施した産油国等石油関連産業基盤整備事業
のうち事業化推進協力事業である「中東地域における原油
出荷基地の環境対策検討(サウジアラビア)
」の一環である。
JFE 技報 No. 32(2013 年 8 月)
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渋谷 佳樹