プレスリリース(PDF:1007KB) - MIURA EVEREST 2013

MIURA エベレスト 2013 プロジェクト
<希望の軌跡>
~Trace of Hope~
MIURA EVEREST2013 出発記者発表資料
2013 年 3 月 22 日
80 歳でエベレスト山頂を目指すことを表明した三浦雄一郎(80 歳、プロスキーヤー、クラーク記念国
際高等学校校長)が 2013 年 3 月 28 日、いよいよエベレストへ向けて日本を出発いたします。
昨年 10 月 12 日の表明後、トレーニングと体調確認を兼ねたヒマラヤ、ロブチェイーストの遠征にて不
整脈を再発し、帰国後 11 月 14 日と年明け 1 月 15 日に土浦協同病院にて心臓カテーテルアブレ
ーションの手術を行いました。2 回の手術によって症状が改善、その後リハビリとトレーニングを重ね、
順調に回復し、遠征準備整い 3 月 28 日深夜、羽田より出発いたします。
【三浦雄一郎コメント】
いよいよ旅立の日がやってきました。
エベレスト…世界最高峰の頂を目指して、70 歳、75 歳、2 度の登頂。
そして 3 度目の 80 歳でのチャレンジのスタートです。
人は夢を持つこと、希望に溢れることで魂が輝き青春を取り戻します。
私にとって永遠の憧れであるエベレストはその青春の輝きを与えてくれ、
80 歳が 4 度目の二十歳(ハタチ)となります。高く遠い夢の頂へ希望の軌跡を
刻み登り続けたいと思っております。
今回の遠征にも数多くの方々より心温かい応援とご支援をいただきました。
ありがとうございます。元気に行ってまいります。
2013 年 3 月 22 日
1
■ エベレスト 2013 遠征隊 メンバーリスト
アタック隊(登頂)メンバー
三浦雄一郎
三浦豪太
倉岡裕之
平出和也
(年齢・2013年 3月現在)
(80歳) 遠征隊・隊長
(43歳) 遠征隊・副隊長 生理モニター、医療&通信 担当
(51歳) 登攀リーダー ロジスティックス、写真 担当
(33歳) カメラマン、映像担当
アタック隊サポートメンバー
五十嵐和哉
遠征隊マネージャー 記録、食糧、会計、装備 担当
三戸呂拓也
登攀サポート、 記録、食糧、装備 担当
ベースキャンプ・サポートメンバー
三浦雄大
通信・気象 コミュニケーション 担当
大城和恵(DR) チームドクター 医療 担当
貫田宗男
遠征ロジスティックス、現地リレーション 担当
ネパールからの現地サポートメンバー(18名)
クライミング・シェルパ 13 名 <>はエベレスト登頂数
(1)サーダー: ペンバ・ギャルゼン(44 歳<10 回>)、08 年三浦隊
(2)オンジェ・シエルパ(30 歳<3 回>)08 三浦隊、(3)ニマ・ヌルブ・シェルパ(30 歳<10 回>)、08 三浦
隊、(4)カミシンゲ・シンバ・タング(35 歳<2 回>)、(5)ベア・カジェ・タング(35 歳<2 回>)、(6)サンゲ・シエ
ルパ(34 歳<1 回>)、(7)ペンバ・ヌル・シェルパ(39 歳<6 回>)、(8)チィリング・ワングチュ・シエルパ(31
歳<4 回>)、(9)ニマ・カンチャ・シェルパ(38歳<3 回>)、08 三浦隊、(10)ミングマ・ヌル・シェルパ(28 歳
<2 回>)、(11)ダヌル・シェルパ(40 歳<1 回>)、(12)ペマ・チリ・シェルパ(26 歳)、(13)アング・カジ・シェ
ルパ(31 歳)
コック&キッチン 5 名
(14)アング・ラクパ・シェルパ、(15)クリシュナ・タマング、(16)ダワ・シェルパ、(17)デンディ・シェルパ、(18)ギャ
ン・バハダール・シェルパ
2
■ アタック隊メンバー プロフィール
三浦雄一郎 みうら・ゆういちろう (80 歳)
1932 年 青森市生まれ。北海道大学獣医学部卒業。’64 年ス
キーのスピード競技であるイタリア・キロメーターランセに日本人とし
て初めて参加、当時の世界記録樹立。’66 年、富士山直滑
降。’70 年エベレスト・8000 ㍍世界最高地点スキー滑降を成し
遂げ、その記録映画はアカデミー賞を受賞。’85 年世界七大陸
最高峰のスキー滑降を人類初、完全達成。2003 年 5 月、次男
の豪太とともにエベレスト(8848 ㍍)登頂。当時の世界最高年齢
登頂(70 歳)と初の日本人親子同時登頂の記録を樹立。’08
年 75 歳にして 2 度目のエベレスト登頂を果たす。アドベンチャー・
スキーヤーとしてだけではなく、全国に 1 万人以上の生徒がいる
広域通信制高校、クラーク記念国際高等学校の校長でもある。
記録映画、写真集、著書多数
三浦豪太 みうら・ごうた (43 歳)
1969 年 神奈川県鎌倉市生まれ。家族とともにアフリカ、キリマン
ジャロを最年少(11 歳)登頂。
’91 年よりフリースタイルスキー、モーグル競技を始め、以来 10 年
にわたって全日本タイトル獲得や国際大会で活躍。リレハンメル(’
94)、長野(’98)冬季五輪代表選手として日本モーグル界のリー
ダー的存在となる。米国ユタ大学スポーツ生理学部卒業後、父、
三浦雄一郎のエベレスト遠征をサポートし、エベレストを含む
8000 ㍍峰 3 座に登頂。(チョーオユー、シシャパンマ)。ミウラ・ドル
フィンズ低酸素室トレーニングシステム開発研究所長、低酸素下
においての遺伝子発現・抑制の研究(専攻・加齢制御医学 ア
ンチエイジング)を行い、また子供から高齢者までの幅広い年齢層
やアスリート向けのトレーニング及びアウトドアプログラムを国内外
で数多く手がけている。 医学博士(順天堂大学大学院医学部・加齢制御講座)、同大学 非常勤助
教授、(社)アンチエイジングリーダー養成機構・専務理事、〔財〕全日本スキー連盟指導員
3
倉岡裕之 くらおか・ひろゆき (51 歳)
1961 年 東京都生まれ。14 歳より登山を始める。1983 年ガウリシャンカール
西壁イエティー同人隊員としてヒマラヤデビュー。1984 年ベネズエラエンジェルの
滝世界初登攀(テレビ東京)。1985 年映画「植村直巳物語」山岳スタッフとし
てアラスカへ。マッキンリー南壁アメリカンダイレクトルート、アルパインスタイル第
三登。1996 年より 8000m峰ガイドを開始。2004 年より世界的に有名な
Himalayan Experience の登頂ガイドとしてエベレスト、チョーオユー、マナスルを
ガイド。2007 年当時エベレスト世界最高齢登頂者となる柳沢勝輔氏を北面
より案内(DISCOVERY CHANNEL)。2012 年までのエベレストガイド登頂は5
回(北側2回、南側3回)。日本人初の世界 7 大陸最高峰のガイディング。その他南米、インド、パキスタ
ン、中央アジアの高峰のガイディング。極地ではグリーンランド最高峰、東シベリア最高峰などに登頂(ガイ
ド)。ミウラドルフィンズ制作のグレッグスタンプフィルム「SIBERIA」のエクスペディションコーディネーターとして
参加。アマゾン、オリノコ、ニューギニアなどのジャングル物も得意とする。
日本山岳ガイド協会登攀ガイド
平出和也 ひらいで・かずや (33 歳)
1979 年 長野県生まれ。石井スポーツグループ所属。東海大学山岳部で登
山を学ぶ。2001 年からヒマラヤ登山を開始し、現在まで 20 回の海外遠征を
行う。2008 年クライミングパートナーの谷口けいとカメット(7756m)南東壁初登
攀に成功。その功績を称えられ仏「ピオレドール(金のピッケル)賞」を日本人と
して初受賞。近年、山岳カメラマンとして活動を開始する。2011 年にはエベレ
ストに登頂し、山岳カメラマンとして 8000m 峰 5 座・7000m 峰 6 座での撮影
経験を積む。
大城和恵 おおしろ・かずえ チームドクター
1967 年 長野県生まれ。医学生の時から北アルプスに通う。大学病院勤務
を経て、02 年札幌へ移転。心臓血管センター北海道大野病院に勤務。’10
年登山者外来を開設。同年、英国にて国際山岳医 UK Diploma in
Mountain Medicine(UIAA (国際山岳連盟)/ ICAR (国際山岳救助協議会)
/ ISMM(国際登山医学会) 認定)日本人初の資格を取得。'11 年より全
国初の取り組みである北海道警察山岳遭難救助アドバイザリー医師として
救急現場への医療導入を実現。「山岳医療情報」 www.sangakui.jp を発
信し国際基準を公開、日本山岳協会医科学委員、日本登山医学会山岳
ファーストエイド委員長・同学会認定山岳医実行委員兼講師兼判定委員に就任。山岳活動における
安全と実践的医療の普及に取り組んでいる。
4
MIURA EVEREST 2013 スケジュール
◎ポカルデ順化~エベレスト
全体
登山
日付
曜日
行程
標高
1
3 月 23 日
土
6
3 月 28 日
木
7
3 月 29 日
金
羽田/バンコク/カトマンズ
8
3 月 30 日
土
カトマンズ
1320
9
3 月 31 日
日
カトマンズ/ルクラ/パグディン
2610
10
4月1日
月
パグディン/ジョサレ
2740
11
4月2日
火
ジョサレ/ナムチェ
3440
12
4月3日
水
ナムチェ
3440
13
4月4日
木
ナムチェ
3440
14
4月5日
金
ナムチェ/デウチェ
3730
15
4月6日
土
デウチェ/ショマレ
4070
16
4月7日
日
ショマレ/ディンボチェ
4300
17
4月8日
月
ディンボチェ
4300
18
4月9日
火
ディンボチェ
4300
4 月 10 日
水
ディンボチェ/ランボー・カルカ
4850
20
4 月 11 日
木
ランボー・カルカ/5200m キャンプ
5130
21
4 月 12 日
金
5200m キャンプ/ポカルデ BC
5440
22
4 月 13 日
土
ポカルデ BC
5440
23
4 月 14 日
日
ポカルデ BC/ポカルデ Hi Camp
5640
24
4 月 15 日
月
ポカルデ Hi Camp
5640
25
4 月 16 日
火
ポカルデ Hi Camp
5640
26
4 月 17 日
水
ポカルデ Hi Camp/ロブジェ
4930
27
4 月 18 日
木
ロブジェ/ゴラクシェップ
5170
19
高度順応
※先発隊出発
本隊
出発 →
宿泊標高
28
1
4 月 19 日
金
ゴラクシェップ/エベレスト BC
5300
29
2
4 月 20 日
土
エベレスト BC
5300
30
3
4 月 21 日
日
エベレスト BC
5750
31
4
4 月 22 日
月
エベレスト BC
5300
32
5
4 月 23 日
火
エベレスト BC
5300
33
6
4 月 24 日
水
エベレスト BC
5300
5
全体
登山隊
日付
曜日
行程
標高
34
7
4 月 25 日
木
BC/C1
6000
35
8
4 月 26 日
金
C1/C2
6500
36
9
4 月 27 日
土
C2
6500
37
10
4 月 28 日
日
C2/BC
5300
38
11
4 月 29 日
月
BC/ディンボチェ
4300
39
12
4 月 30 日
火
ディンボチェ
4300
40
13
5月1日
水
ディンボチェ
4300
41
14
5月2日
木
ディンボチェ
4300
42
15
5月3日
金
ディンボチェ/ロブチェ
4900
43
16
5月4日
土
ロブチェ/ゴラクシェプ
5170
44
17
5月5日
日
ゴラクシェプ/エベレスト BC
5300
45
18
5月6日
月
BC
5300
46
19
5月7日
火
BC
5300
47
20
5月8日
水
BC
5300
48
21
5月9日
木
BC/C1
6050
49
22
5 月 10 日
金
C1/C2
6500
50
23
5 月 11 日
土
C2
6500
51
24
5 月 12 日
日
C2/C3
7000
52
25
5 月 13 日
月
C3/C3’(ピストル岩)
7530
53
26
5 月 14 日
火
C3/C4(サウスコル)
7880
54
27
5 月 15 日
水
C4/C5
8500
55
28
5 月 16 日
木
C5/頂上/C4
8848
56
29
5 月 17 日
金
C4/C2
6500
57
30
5 月 18 日
土
C2/BC
5300
58
31
5 月 19 日
日
59
32
5 月 20 日
月
74
47
6月4日
火
75
48
6月5日
水
BC/ディンボチェ
4300
76
6月6日
木
ディンボチェ/デウチェ
3730
77
6月7日
金
デウチェ/シャンボチェ
3760
78
6月8日
土
シャンボチェ/カトマンズ(Mi-17)
1320
79
6月9日
日
カトマンズ
1320
80
6 月 10 日
月
カトマンズ/バンコク/
81
6 月 11 日
火
/成田
予備日
↓ (最大 17 日間)
予備日
6
※ 三浦雄一郎の 80 歳という年齢を考慮し、今回新たにC3キャンプの上に追加でC3’を設置いたします。
03 年、08 年同様にC5も設置、よって上部キャンプは計 6 か所とし、通常のノーマルルートのキャンプ数
より二つ多くなっております。
7
MIURA エベレスト 2013 プロジェクト について
希望の軌跡
2013年5月、三浦雄一郎は 80 歳で次男・豪太と共に3度目のエベレスト登頂を目指します。
70歳(03 年)と75歳(08 年)、過去に 70 歳代で2度エベレスト登頂を成し遂げたのは登山史上、
三浦雄一郎ただ一人、そのニュースは日本のみならず世界を駆け巡りました。
2008年、75歳での登頂後、三浦は次ぎなる目標を80歳でのエベレスト登頂としました。しかし翌
09年スキー場での事故で骨盤と左大腿骨の付け根を骨折する大怪我を負い、彼の年齢 (当時
76 歳)での完全復帰はほぼありえないと思われました。ところがエベレストへ向けた強い意志と山への
憧れが驚異的な回復力をもたらし、半年後にはトレーニングを再開したのです。
最初のエベレスト山頂を目指した 60 代のときは検査項目が全て危険信号だったメタボリックシンドロ
ームで標高5百㍍の近所の山でさえも登れない状態 ― それから5年を費やしてのトレーニングを
経て、当時の最高年齢70歳で山頂を極め、さらに75歳の挑戦では極度の不整脈で、2度の心臓
手術を行い登頂するも、直前の8千㍍地点で次男の豪太が高所性脳浮腫となり緊急下山し命を
取り留めました。70歳、75歳、80歳・・・ それぞれの挑戦は己の年齢だけではなく、メタボ、心房
細動(不整脈)、そして骨盤骨折という大きな肉体的ハードルを越え、堅剛なるチームワークにて行う
ものです。
過去 2 回、70 歳代での三浦の挑戦は「究極のアンチエイジング」と言われてきました。
8848 メートル、準宇宙といわれる超高所は肉体年齢が 70 歳近く加齢され、生身の人間が到達で
きる 地球の限界です。
80 歳の三浦の肉体年齢は 150 歳・・・
何故、もう一度、高き頂きを目指すのか・・・
三浦雄一郎のエベレストへ向けての想いはシンプルです、
それは己の限界への問いかけであり、大自然へ対する畏敬の念と誇り。
人類の可能性を1ミリでもあげたい ― 強い志しが可能性の扉を開くことを信じて。
80 歳の限界が地球最高地点のエベレスト山頂であればこれほど素晴らしいことはない。
奇跡の星、地球に刻む 希望の軌跡
Trace of Hope engraved on our precious Planet
諦めない一歩を照らすのは 希望 の光、
いつか道は 高く遠い夢 へと続いていきます
8
■ 再び高き山頂を目指して
三浦雄一郎は 1964 年にスキーのスピード記録を競うイタリアのキロメータランセに日本人として初参
加、世界記録の樹立、そして 1970 年に人類の誰もが想像しなかったエベレスト 8000 メートル地点
からのパラシュートを使用したスキー大滑降(記録映画はアカデミー賞受賞)をはじめ、世界初の七
大陸最高峰のスキー滑降達成など、登山&スキーの世界で数々の記録を打ち立ててきました。
60 代になり、年とともに体力・気力の衰えを感じたとき、当時 100 歳を迎えようとしても雪山への熱い
思いを抱きスキーを続ける父・敬三(享年 101 歳)、そしてオリンピックで活躍していた息子・豪太に刺
激を受け、再び心のスィッチが入り新たな夢と生きがいを求めてのスタートとなりました。
1970 年 37 歳でのエベレスト大滑降後、三浦雄一郎が書き留めた言葉 -
「…本当に生きていることを確かめたかった。腕で雪をたたきヘルメットをかぶった頭を 2 度 3 度氷に
ぶつけ、再び人間というものに戻った自分をたしかめた。そして自分というものが、とても懐かしかった
…まだ本当のわれわれが夢に見たエベレストはこれからである。さらに自分自身をよく見つめ、濁っ
た下界の空気やその他すべて、それに染まってしまいそうなわが魂や心を情けなく思いながらも、や
はり、ひとつの終わりが新しい何かの始まりでなければならないとするなら、今度こそ心や魂によく磨
きをかけ真実なるもの、永遠なるものがくっきりと浮かんでいる、あのヒマラヤの透明な空気のように
あらねばならない…
さて、その心のエベレストとは何であったのか。私をあの死の世界からつれもどして、人の世に人間と
してもどしてくれたものの意志は何であったか。私は新しい人生の巡礼者として、それを探し求める
ために、“残り”の人生をはるかなるものに向けて歩みつづけねばなるまい。」
そして 80 歳になる三浦雄一郎のエベレスト遠征は若き日の想いを胸に秘め、
母なる大地の女神<チョモランマ>への巡礼の旅でもあります。
「私たち親子の高所と登攀過程における生理データが 人類の可
能性を広げ、高齢化社会における抗加齢の指針となること、そしてエベレ
スト山頂へむけて刻む 一歩ずつが、今、私たちが必要としている自然と
の共生と明日への「希望」へと 繋がることを願います。」
三浦雄一郎
9
■
アンチエイジング・プログラム
エベレスト山頂、標高 8848 メートルでは酸素濃度が平地の 3 分の1となり、人間の有酸素能力が
標高とともに低下する値を体力年齢に置き換えた場合、80歳の三浦雄一郎の体力年齢は 150 歳
となります。(登山運動生理学、鹿屋体育大学、山本正嘉教授)。この推定年齢は世界最高齢の
122 歳で長寿を全うしたフランスのジャンヌ・カルマンさんの実年齢をはるかに超えた状態で登山活動
をすることであり、数字のうえでは 100 歳の若返り(アンチエイジング)を目指さなければ、8000 メートル
峰の超高所での活動は難しく、さらに三浦雄一郎は高齢での骨折からのリカバリー、心房細動・不
整脈と向き合っての挑戦となります。
自らがトップアスリートであり米国・ユタ大学でスポーツ生理学を専攻し、順天堂大学院で加齢制御
医学(アンチエイジング)の博士号を昨年(2012 年 3 月)取得した三浦豪太が、鹿屋体育大学、順天
堂大学、広島大学をはじめ各ドクターチームと連携して、父・三浦雄一郎の体力向上、健康研究
モニターを行います。
以下が現在続けられている主な研究内容です;
低酸素環境下における遺伝子発現について
「低酸素下における遺伝子発現」の研究は順天堂大学加齢制御医学、白澤卓二教授と共に08
年ミウラチョモランマプロジェクトと同時に始まった研究です。三浦雄一郎を含めたエベレストに向かう 4
名の 8000 ㍍峰登頂経験被験者と高所経験のない被験者が低酸素室に入る前後で白血球の遺
伝子がどう変化するかというものでした。
この中で三浦豪太らが注目したのがHO-1(ヘムオキゲナーゼ)という赤血球を分解して、血管拡張
や抗酸化作用を促す酵素です。
HO-1 は高所において、高所特有の酸化作用から生体を守る抗酸化作用がある事、酸素をより取
り込みやすいように血管拡張作用がある事等、重要な役割を担っています。これが高所登山家には
通常の人の6倍以上も含まれていました。これにより、ヘムオキゲナーゼが高所では生体を防御する
のではないかと推測され、論文 [Heme Oxygenase-1 is constitutively up-regulated in top
alpinist」 として、2011 年、米国の科学雑誌 BBRC に掲載されました。
2013 年に向けて新たに注目しているのが、細胞の核の中にある染色体の末端部分の「テロメア」と
呼ばれている DNA の配列です。細胞は分裂を起こす際に、細胞の核の中にある染色体が螺旋構
造をほどいて2つに分かれ遺伝子情報のコピーを行います。しかし、染色体の末端部分だけ、どうし
10
てもコピーしきれない箇所が生じます。テロメアはその末端にて同じ DNA コードが繰り返し続けられる
ことによって、染色体の末端部分を保護すると考えられています。しかし細胞分裂を繰り返すと少し
ずつ短くなり、完全に無くなると、細胞分裂をやめ、細胞老化を起こし機能を停止いたします。そのた
めテロメアは寿命の重要なバイオマーカーであり細胞の回数券と呼ばれています。
現在、三浦豪太の研究グループはテロメアと高所の関係に注目して、80歳の三浦雄一郎や豪太
本人のエベレストに登る過程でテロメアの変化をモニターし、高所、酸素と老化の関係を調べます。
なぜ長寿村といわれている村が世界では1000m~2000mの標高に存在するのか、なぜ高度順
化には個人差があるのか、また人により加齢速度がなぜこれほどまで違うのか。
そして、三浦雄一郎がエベレストの頂上を人類史上最高齢である80歳で目指すことが如何なる意
義があるのか、この最先端の研究にてアンチエイジングのヒントを探っていきます。
11
■ MIURA エベレスト 2013 プロジェクト これまでの全体スケジュール
緑文字 海外遠征
2008 年 5 月 26 日
75 歳と 227 日にて 2 度目のエベレスト登頂
2009 年 2 月
札幌テイネスキー場にて事故、骨盤と大腿骨付根を4箇所骨折。
全治6か月とされる。
*****
2011 年 9 月 ~
11 月
メディカルチェック、 体力測定、屋久島トレーニング
ヒマラヤ メラピーク (6400 ㍍) 遠征
登頂
※ 高所テスト、スキートレーニング
2012 年 1 月 ~
国内にて スキー & 低酸素室トレーニング
4月 ~
カナダ ヘリスキーツアー
5月 ~
ヒマラヤ・トレッキング
7月 ~
国内にて トレーニング(羊蹄山、剱岳、&低酸素室)
10 月 12 日
MIURA EVEREST 2013 プロジェクト記者会見&
三浦雄一郎 80 歳記念イベント
10 月 17~11 月 6 日 ヒマラヤ ロブジェ東峰(6119 ㍍) 遠征
※ 高所順化、用具点検、体調チェック、登攀トレーニング
三浦雄一郎、不整脈発作のため、途中帰国
11 月 14 日
三浦雄一郎、3 度目の不整脈手術
12 月 ~
国内にてスキー & 低酸素室トレーニング
2013 年 1 月 15 日
三浦雄一郎、4 度目の不整脈手術
3 月 22 日
MIURA EVEREST 2013 出発記者会見&レセプション
3 月 23 日
MIURA EVEREST 2013 先発隊出発
3 月 28 日
MIURA EVEREST 2013 後発隊(三浦雄一郎・豪太)出発
4 月~6 月初旬
MIURA エベレスト 2013 プロジェクト 本番
※山頂アタックは 5 月中旬予定
12
■ プロジェクト スポンサー リスト
(2013 年 3 月時点 順不同)
Project Main Sponsor 株式会社 明治
日野自動車 株式会社
サントリー
株式会社 東芝
三菱 UFJ ニコス 株式会社
クラーク記念国際高等学校
Official Web Sponsor
KDDI 株式会社
Official Supplier
株式会社 ゴールドウイン (ザ・ノース・フェイス)
セイコーウオッチ 株式会社
株式会社 シー・アイ・シー
株式会社 LIXIL グループ
スペシャルサポーター & 協力企業:
株式会社 K2 ジャパン、公大株式会社、株式会社三信商会、公益財団法人赤枝医学研
究財団、株式会社グローバルユースビューロー、アチーブメント株式会社、
HKR International LTD.、セガサミーホールディングス株式会社、株式会社タレックス
三浦雄一郎エベレスト応援基金にご寄附いただきました皆様
Official Film Maker: 株式会社東京映像社
Official Weather Service: 株式会社ウエザーニューズ
13
■ WEB 配信 & 募金活動について (Just Giving)
三浦隊の登攀活動をリアルタイムで世界へ発信する為、03 年&08 年に引き続きオフィシャルサイト
を 開設いたします。遠征本番中の状況(日記、気象、生理モニター)を現地より衛星回線にて繋
いでいきます。
MURA エベレスト2013 プロジェクト オフィシャルサイト Supported by KDDI
アドレス
www.miura-everest2013.com
また、今回の遠征は広く一般からの支援をお願いする為に「三浦雄一郎エベレスト応援基金」を設
立いたしました。WEB を通じて募金活動を行う<Just Giving>のサイトからもご支援金を募っており
ますので、是非一人でも多くの方に応援いただければ幸いです。
Just Giving 三浦雄一郎エベレスト応援サイトはこちらとなります http://justgiving.jp/c/8459
プレスの皆様へ
ご使用いただける写真データを上記オフィシャルサイトの
フォトギャラリーへ入れてありますのでよろしくお願いいたします。
解像度の高いものがご入用の場合はご一報下さい
連絡先 info@snowdolphins.com
= この件に関するお問い合わせ =
㈱ ミウラ・ドルフィンズ
℡ 03-3403-2061
三浦恵美里、 木村大八郎
Email
info@snowdolphins.com
14