11 - 日本惑星科学会

地震波トモグラフィーからわかるProcellarum KREEP Terraneの深部構造/趙,荒井
11
特集「月科学の最先端と今後の展望:月はどこまでわかったか?その2」
地震波トモグラフィーからわかる
Procellarum KREEP Terraneの深部構造
趙 大鵬 ,荒井 朋子
1
2
2010年10月28日受領,2011年2月8日受理.
(要旨) 月のProcellarum KREEP Terrane(略してPKT)は,月表側の特異な地域である.PKTは月面の約
15%にすぎないが,トリウムなどの放射性熱源元素の大部分がこの地域に濃集する.我々は,月表側のトリ
ウム分布と地震波トモグラフィーに相関があることを発見した.トリウム濃度が高い地域はS波速度が遅く,
その低速度異常は深さ250kmから400kmに及ぶ.この事実は,
S波速度低下を生じている温度
(あるいは組成)
異常がPKT地域の深さ250-400kmのマントルにまで及ぶことを示している.この結果は,表層で観測された
トリウム濃集がマントル深部にまで及ぶ可能性があることを示唆するとともに,現在の熱的状態やマントル
ダイナミクスを理解する上で重要な制約となる.
1.はじめに
起こされ,月地殻深部が露出していると考えられてい
る.
これまでの多くの地球化学的及び地球物理学的観測
PKT は高濃度のトリウムや希土類元素などの微
事実から,月表層は多様であり,とりわけ月の表側と
量元素が月面の 15%程度の領域に分布することから,
裏側では,地形,重力場,地殻厚,地殻組成などが大
マグマオーシャンの最終残液に相当すると考えられて
きく異なることがわかっている.これらの表裏二分性
いる.この地域の表層にだけ微量元素が濃集した原因
の起源はよくわかっていないが,月形成史における
やメカニズムはよくわかっておらず,月科学の大きな
様々なプロセス(たとえば,マグマオーシャンの二分
謎の一つである.マグマオーシャンが非対称に結晶化
的結晶化,マグマオーシャン固化後の二次的マグマ活
し,何らかの原因で表側に最終残液が濃集した可能性
動の非対称分布,表裏非対称な隕石衝突頻度や規模な
も示唆されているが [e.g., 2],なぜそれらが表層に分
ど)の集積結果であると考えられる.
布するのかはよくわかっていない.マグマオーシャン
月面は鉄濃度とトリウム濃度の違いから,大きく
の結晶化順序を考慮すると,最終残液生成前に,地殻
三つの異なる地域に分類される [1].鉄,トリウム濃
とマントルは結晶化していると想定されるため,最終
度 と も に 低 く, 斜 長 石 に 富 む Feldspathic Highland
残液層は,地殻とマントルとの境界に生じると推定さ
Terrane(FHT),鉄,トリウム濃度ともに非常に高
れる.この地域は,月表側で直径 500km 以上の巨大
い Procellarum KREEP Terrane(PKT), 月 裏 側 南
衝突クレータ形成の結果,地殻の厚さが他の地域に比
極付近の巨大クレータとその周辺地域は South Pole-
べて極端に薄い地域であるため [3],現在表層に見え
Aitkens basin Terrane(SPAT)
と呼ばれ,中間的な鉄,
ている微量元素濃集は,地殻とマントルとの境界にか
トリウム濃度を持つ.FHT は,月形成初期のマグマ
つてあった最終残液層に相当するのか,あるいは,マ
オーシャン結晶化物である地殻に相当すると考えられ
グマオーシャン固化後の火成活動により,微量元素に
ている.SPAT は巨大隕石衝突により,月地殻が掘り
富むマグマが表層に移動し,噴出したものかもしれな
1.東北大学 地震噴火予知研究観測センター
2.千葉工業大学 惑星探査研究センター
tomoko.arai@it-chiba.ac.jp
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
11
い.現時点でこの議論には決着がついていない.一方,
マグマオーシャン固化のモデル計算から,微量元素や
2011/03/16
18:44:41
12
日本惑星科学会誌 Vol. 20, No. 1, 2011
チタンや鉄などの液層濃集元素に富む層が,地殻とマ
ントル境界部に存在したとしても,その後,重力不安
2.月の地震波トモグラフィー
定によりダイアピールとして沈降したり [4, 5],マグ
ネシウムに富む,より密度の小さいマントルとひっ
アポロミッションの期間中に,5 地点で月震観測が
くり返りが生じることが示されている [6]. したがって,
行われた
(図 1)
. ア ポ ロ 12 号,14 号,15 号,16 号 に
PKT の表層微量元素濃集と地下深部における微量元
搭載された月震計は,1969 年から 1977 年まで稼働し,
素濃集領域の分布は,推定の域を出ない.
約 12000 個の月震を観測した [10].8 年間の観測の中で,
PKT で 観 測 さ れ る ト リ ウ ム, カ リ ウ ム, ウ ラ ン
浅発月震,深発月震,熱的月震,と隕石衝突の 4 種類
[e.g., 7, 8] などの元素は,放射性同位元素で,放射性
の月震が観測された.深発月震は 750-1400km の深さ
熱源となる.微量元素,アルカリ元素,熱源元素であ
範囲で,約百か所の特定の震源
(nest)で繰り返し発生
る,これらの元素の月全体量は,月の起源を推定する
していることが観測された [10].それらの深発月震は,
ための重要な制約である.PKT にはこれらの元素が
潮汐力に起因すると考えられている [11, 12].これまで,
集中的に存在するため,この地域におけるこれらの元
多くの研究者がアポロの地震観測網で観測された月震
素の存在度が月全体量推定を左右する.しかし,これ
波到達時刻データを使って,月内部の一次元地震波速
らの元素の深さ方向分布が不明であるため,約 60km
度構造を推定している [e.g., 11, 13-19].また,アポロ
の厚さの PKT 地域の地殻に,表層と同等の濃度でこ
の月震データに基づき,横方向の月地殻厚さ変化を推
れらの元素が均等に存在し,マントルにはほとんど存
定されている [20].
在しないという,単純な仮定をおいて見積もられてお
Zhao et al.(2008)[21] は,月震のP波とS波の到達
り,現在の推定精度が非常に粗い.
時刻データに地震波トモグラフィー法 [22-23] を適用
アポロ試料及び月隕石の分析結果から,斜長石に著
し,月内部の三次元 P 波と S 波速度構造及びポアソン
しく富む岩石や鉄やチタンに富む玄武岩の存在が明ら
比
(Poisson's ratio)構造の推定を行った.彼らの研究
かになり,月の物質分化は地球と大きく異なることが
では,[10] 及び [17] が整理した月震波データが用いら
わかっている.偶然にも PKT に着陸したアポロ 12 号,
れた.月震観測では,P 波データよりも S 波データが
14 号,及び 15 号が持ち帰った試料には,微量元素に
多く取得されているため,S 波トモグラフィーがより
富む岩石(カリウム(K),希土類元素(REE), リン
(P)
などの元素に富むことから,総称して KREEP 岩石
(ま
たは物質)と呼ばれる)が多く含まれる.それらの希土
類元素の絶対濃度には幅がある一方(CI コンドライト
の 100 倍から 1000 倍),コンドライト濃度で規格化し
た相対濃度のパターンは共通して軽希土類元素に富む.
KREEP 物質は,マグマオーシャン結晶化過程で,不
適合元素が濃集した最終残渣に由来すると考えられて
いる [9]. この KREEP 物質が,PKT で観測されている
17
15
トリウム濃集と関連している可能性が高い.
アポロ探査では,稼働した四つの地震計の内,PKT
地域に三つの地震計が設置され,月震の観測が行われ
た.本研究では,これらの月震波データを地震波トモ
12
14
16
グラフィー法で解析した結果と,表層のトリウム分布
との相関を評価するとともに,PKT の深さ方向の構
造・物質分布を考察する.
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
12
Figure 1
図1:月表側表層のトリウム分布とアポロ探査で月震観測が行わ
れた5地点.図は[7]から引用し,着陸地点を加筆した.
アポロ12号,14号,15号,16号は,月震計による月震観
測を行った.
2011/03/16
18:44:42
地震波トモグラフィーからわかるProcellarum KREEP Terraneの深部構造/趙,荒井
13
Figure 3
Figure 2
図2:使用したS波の到達時刻データを持つ月震(白丸印)の分布
(a)
平面図,(b)
南北方向の断面図,(c)東西方向の断面図.
図
(a)の白三角印は,アポロ探査で地震計が設置された4
地点を示す.図(b)及び(c)は月の中央子午線と赤道に沿っ
た断面である.図(b)及び(c)の点線は月震の震源分布を
わかりやすく示すために,400km,650km,1000kmの深
さを表したものである.図は[21]から引用した.
図3:使用したS波到着時刻データの波線分布.(a)平面図,(b)
南北方向の断面図,(c)東西方向の断面図.図(a)の白丸印
は月震分布,白三角印は4箇所のアポロ地震計設置点を示
す.図は[21]から引用した.
精度よく決定されている [21].図 2 に 381 個の S 波到達
震波の走時と伝播経路は,3 次元波線追跡法 [22] を用
時刻データが得られた 123 個の選ばれた震源分布を示
いて精確に計算された.観測点の高さは,3 次元波線
す.
追跡とトモグラフィーインバージョンには考慮された.
上記の選別された月震データをトモグラフィー法で
そして,damping と smoothing をかけた最小二乗法
解析するために,月内部を 1000km の深さまで,3 次
を用いて,観測方程式を解き,各格子点におけるP波
元格子点を設定した.水平方向の格子点間隔は 10 度
とS波の速度を求めた [22, 24].
(赤道で約 303km 間隔)であり,これは地球での全マ
本研究で使用された全ての月震の震源パラメータは,
ントルトモグラフィー解析における格子点間隔と同等
[14] の一次元地震波速度モデルを用いて決定されたの
である [e.g., 23-24].深さ方向には,20, 150, 300, 500,
で,この一次元地震波速度モデルを 3 次元トモグラフ
700, 900 km の計6層の格子点メッシュを設定した.
ィーインバージョンの出発モデルとした.図 3 はトモ
各格子点におけるP波とS波速度は未知数である.月
グラフィー解析で用いた 381 個の S 波データの波線分
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
13
2011/03/16
18:44:42
14
日本惑星科学会誌 Vol. 20, No. 1, 2011
Figure 4
図4:S 波トモグラフィーの異なる深さにおける平面図.赤色箇所は低速度分布,青色箇所は高速度分布を示す.一次
元地震波速度モデル [14] からの地震波速度のずれ(%)をカラーバーで示す.白三角印は4箇所のアポロ地震計設
置点を示す.図は[21]から引用した.
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
14
2011/03/16
18:44:43
地震波トモグラフィーからわかるProcellarum KREEP Terraneの深部構造/趙,荒井
15
A15
A12
A14 A16
Figure 5
図5:下図の示す4つの異なる断面でのS波トモグラフィー分布.赤色箇所は低速度異常,青色箇所は高速度異常を示す.
一次元地震波速度モデル [14] からの地震波速度のずれ(%)をカラーバーで示す.白丸は各断面図における150km
幅以内で起こった月震を示す.白三角印は4箇所のアポロ地震計設置点を示す.図は[21]から引用した.
布を示す.これらの S 波データの波線はアポロ月震観
った.得られたトモグラフィーの結果を確かめるため
測網の直下のマントルを良くカバーしていることがわ
に,多くの分解能テストを行った [21].その結果,ア
かる.いくつかの裏側の深発月震データ [10] も,波線
ポロ地震観測網下のマントルにおいて,トモグラフィ
分布に貢献している.
ーの分解能は約 300 km であることがわかった.
図 4 及び図 5 に,得られた S 波トモグラフィー [21]
の平面図と垂直断面図を示す.また,月震も同時に示
3.低速度異常と PKT 深さ分布
されている.結果として,月の地殻とマントルにおい
て,地震波速度の顕著な不均質が存在することがわか
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
15
顕著な低速度異常がアポロ月震観測網の西側の深さ
2011/03/16
18:44:43
16
日本惑星科学会誌 Vol. 20, No. 1, 2011
20km 及び 150km で見られる.図 4 と図 1 を比較して
ら深さ 300-400km 程度に分布する約 300km の厚さの
みると,低速度異常の水平方向の分布が,PKT の高
低速度域が,PKT 北東部に向かうにつれ,徐々に約
Th 濃度地域に対応していることがわかる.一方,Th
900km の深さまで移動しているように見える.また,
濃度の低いアポロ 16 号及び 17 号サイト(図 1)の深部
図 5a-c では深さ 1000k mから 300-400km の深さまで,
では,S 波トモグラフィーが高速度異常を示している
低速度物質が垂直方向に移動しているように見える.
(図 4a, 5b).
地震波トモグラフィーで示された地震波速度異常を
トモグラフィーの断面図を見ると,低速度異常は
生じているのは,様々な要因が考えられる.温度差,
ア ポ ロ 12 号,14 号, 及 び 15 号 地 点 の 250-400 km の
組成差
(揮発性成分含む)
,密度差,部分溶融の有無,
深さまで広がっていることがわかる(図 5b, 5c)
.しか
クラック , 異方性,及びこれらの要因の組み合わせが
し,それぞれの深さにおける低速度異常分布は均一で
考えられる [24]. 地球マントルの地震波トモグラフィ
はなく,深さ 300km の深さにおける低速度異常分布
ーの場合,地震波速度異常を引き起こす原因は,主に
は,20-150km の分布と大きく異なる.深さが増すほ
横方向の温度差だと考えられている [24].
ど,低速度域は,PKT から遠ざかり,PKT を取り巻
月の地震波トモグラフィーでは,S 波低速度異常と
く周囲に広がっている(図 4c-f).例えば,深さ 300km
月表面のトリウムの高濃度異常と一致していることか
では,低速度域は PKT から離れ,Th 濃度の低いアポ
ら,低速度異常の原因は,温度差あるいは組成差によ
ロ 16 号地点直下に存在している.図 5 は,PKT 内外
る密度差によるという二通りの解釈ができる.
における低速度域の垂直方向の不均質分布を非常によ
く表している.PKT の低速度域分布は,250km の深
4.1 温度差
さまでは概ね均質であるが,それより深いところには
トリウムは放射性同位元素であり,カリウムやウラ
低速度域はほとんど見られない(図 5).一方,低速度
ンと並び,代表的な放射性熱源である.S 波の低速度
域は 250km 以深では,PKT から遠ざかり,アポロ 12
異常分布が,PKT の高濃度トリウム分布と調和的で
号及び 14 号の北西部及び南東部に相当するアポロ 16
あることから,豊富な放射性熱源により,周囲より高
号地点(図 5b),そしてアポロ 15 号サイトの北東部
(図
温の可能性が高い.従って,月内部の低速度異常は,
5c)に分布する.特筆すべきことは,PKT の表層から
Th 濃集に伴う高温部分に相当することになる.S 波
250km の深さに存在する低速度域は,それより深い
は P 波に比べ,温度変化に敏感であるため,S 波の速
地域で見られるアポロ 12 号及び 14 号サイトの北西地
度分布は P 波の速度分布よりも,高濃度のトリウムを
域,アポロ 16 号サイト,及び,アポロ 15 号サイトの
もつ PKT 地域の速度分布を理解するのに適している
北東地域での低速度域と連続しているように見えると
[24]. いう点である.また,低速度域は深さが増すに連れ,
熱伝導モデルでは,PKT 地域の地殻底部に 10km 厚
PKT 内部から外部に分布を変えているが,その厚さ
の KREEP 玄武岩層を仮定した場合,この層が数 10 億
はどの地域でも 250-300km であり,深さによらず概
年間溶融し続けることにより,直下のマントルを加
ね均当である.
熱し,最大 600km の深度まで部分溶融する可能性を
4.低速度異常分布からみる月マントル
ダイナミクスとその成因
示 唆 し て い る [25].PKT 直 下 の 深 さ 250-400km に 及
ぶ低速度域分布と熱モデル計算結果 [25] は調和的であ
る.深さ 500-1000km に分布する低速度域は,マグマ
月の地震波トモグラフィーは,月の内部構造が少
オーシャン固化直後に最終残渣である熱源元素に富む
なくとも 1000km の深さまで水平方向及び垂直方向
KREEP 層が自重で沈降したものか [4-5] ,ひっくり返
に不均質であることを示している(図 5).特定の断面
り [6] によりマントル下部に移動したものかもしれな
(図 5b)をみると,PKT で表層から深さ 300km 程度に
い.
分布する低速度域が,PKT から北西部に向かうにつ
また,低速度異常が高温部に対応する場合,周囲よ
れ,徐々に約 900km の深さまで移動しているように
りも軽く,上昇プルームを生じることが予想される.
見える.別の断面図(図 5c)では,PKT 地域で表層か
図 5 で見られる,垂直方向に延びる低速度異常分布は,
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
16
2011/03/16
18:44:43
地震波トモグラフィーからわかるProcellarum KREEP Terraneの深部構造/趙,荒井
17
上昇プルームに対応している可能性がある.地球の地
を示すとともに,マグマオーシャンの深さは少なくと
震波トモグラフィーの場合,低速度物質は,周囲より
も 1000 km に達していたことを示唆している.
温度の高いプリュームの上昇流に対応すると考えられ
ている [24].地球の上昇プルームは,地球深部の熱が
5.月のバルクトリウム量見積もり
表層に移動することに伴うマントル対流により生じる.
月の場合も,月形成初期の熱が厚さ約 800km のリソ
月のバルクトリウム量は月の起源を理解する上での
スフェアによって保温され,現在でも内部は高温であ
重要な制約の一つである.現在のバルクトリウム量は,
ると考えられているため(例えば,1000km の深さで
PKT 領域の地殻厚さ 60km の地殻に平均 4.8ppm の濃
約 1200℃)[18, 26],地球と同様に,深さ方向のマント
度のトリウムが分布するという仮定のもとに見積もら
ルの温度差によりマントル対流が存在する可能性は十
れている [1]. もし,PKT 内外の様々な深さに分布す
分にある.
る S 波低速度域が,均一
(例えば 4.8ppm の濃度)のト
従って,S 波の低速度異常は,高温部分で上昇プル
リウムを含むと考えると,バルクトリウム量は現在の
ームを示すと考えられるが,放射性熱源により加熱さ
見積もりをはるかに超える可能性がある.一方,月に
れ上昇プルームが生じる場合と,地球と同様にマント
おける地震波の低速度異常を生じる要因は複数あり,
ル内の温度差によるマントル対流に伴い上昇プルーム
対応する物質の組成
(例えばトリウム濃度)
や体積が特
が生じる場合の二つの可能性がある.
定できないため,現時点でトリウム濃度の再見積もり
4.2 組成差による密度差
S波の低速度異常とトリウムの高濃度地域が一致す
を行うには時期尚早である.月内部の構造及び組成の
詳細探査無しには正確なバルクトリウム量の見積もり
は難しい.
ることから,低速度域は KREEP 物質に相当すると考
えられるため,主要元素,微量元素ともに化学組成が
6.深発月震の原因
周囲のマントルと大きく異なるはずである.マグマオ
ーシャンの最終結晶化層(KREEP 物質)は,鉄やチタ
深発月震の分布とマントル下部の地震波速度分布に
ンや微量元素(KREEP, U, Th など)に富み,周囲のマ
は相関がある [21]. 深発月震は高速度領域内あるいは,
ントルより重い.これらの密度が高く岩石の S 波速度
高速度領域と低速度領域の境界部分に分布する傾向が
は,周囲のマントルより小さい.従って,低速度異常
ある
(図5)
.これは,深発月震が従来考えられている
は,高密度部分に相当することになる.低速度異常が
潮汐力の影響だけでなく,月内部の構造または物質不
高密度部分の場合,周囲よりも重く,マントル内部を
均質性に起因することを示唆している.これは,地震
沈降する可能性があり,図 5 の垂直方向に分布する低
が,地球の地殻や上部マントルの構造不均質性に多大
速度域は,沈降する高密度部分に対応しているのかも
な影響を受けている事実 [27, 28] と共通する.
しれない.マグマオーシャン固化後に,重力不安定に
Frohlich and Nakamura(2009)[29] は月の深発月震
より,KREEP 層が沈降したり [4-5],マントル下部と
と地球の稍深発地震の特徴を比較し,月のマントル中
ひっくり返りを起こすモデルは [6] 提唱されているが,
の部分溶融や流体の存在が深発月震を引き起こしてい
現在でも重い物質が沈降を続けている可能性は否定で
る可能性があると報告している.最近の月の火山ガラ
きない.この解釈は,前述で示した低速度異常が高温
スの分析により,月マントルに微量の水が存在する
部の上昇プルームを示す場合とまったく逆の解釈とな
ことがわかってきた [30-31].トモグラフィーが示す,
る.従って,トモグラフィーが示すマントル内部の低
月地殻及びマントルにおける地震波速度の不均質は,
速度異常分布の成因には,高温部の上昇プルームある
月内部の部分溶融や流体の存在に起因している可能性
いは高密度部の沈降あるいはその混合の可能性がある.
もある.
トモグラフィーにより明らかにされた低速度異常分
布は,月史におけるある時期に,少なくとも 1000km
の深さまではマントル対流が存在していた(いる)
こと
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
17
2011/03/16
18:44:43
18
日本惑星科学会誌 Vol. 20, No. 1, 2011
クスが存在する可能性は十分にある.
7.現在の月の熱的状態
謝 辞
地震波トモグラフィーは現在の月の内部構造を表し
たものであるため,現在見えている月マントルにおけ
本稿は,月科学研究会
(2009)
及び日本地球惑星科学
る水平・垂直方向の物質・構造不均質を生じたダイナ
連合 2009 年度連合大会において発表した講演をもと
ミクスが起こった時期を特定することはできない.し
に作成しました.これらの会において,コメントをい
かし,深発月震の存在やマントル内での地震波速度の
ただいた方々に感謝いたします.また,査読により
不均質分布は,月内部が今日でも熱的に活発であるこ
有益なコメントをしてくださった大谷栄治氏
(東北大
とを示唆している.月面での火山活動が観測されてい
学)
に深く感謝いたします.
ないことから,一般的に月は熱的活動を終えていると
考えられている.しかし,アポロ探査で測定された 15
参考文献
号及び 17 号地点で測定された地殻熱流量は地球の大
陸地殻と同等であり,少なくとも PKT では月内部か
[1] Jolliff, B. et al., 2000, J. Geophys. Res. 105, 4197.
ら月面へ,地球地殻に匹敵する熱の流れがあることが
[2] Arai, T. et al., 2008, Earth Planet. Space 60, 433.
わかっている [32].クレメンタイン衛星のリモート
[3] Ishihara, Y. et al., 2009, Geophys. Res. Lett. 36,
センシング画像解析から,ごく最近(1000 年よりも若
い年代に)PKT 周辺の複数地点で,数 100 万年前ある
いはごく最近に形成された火山地形が報告されている
[33] .また,月の熱史に関するモデリング研究の結果は,
月内部が現在でも熱的に活発であることを示している
[18, 34].従って,現在でも,月内部に地震波速度の差
異を生じるような温度差があり,地下深部では部分溶
L19202.
[4] Parmentier, E. M. et al., 2002, Earth Planet. Sci. Lett.
201, 473.
[5] Sakamaki, T. et al., 2011, Earth Planet. Sci. Lett. 299,
285.
[6] Hess, P. C. and Parmentier, E. M., 1995, Earth Planet.
Sci. Lett. 134, 501.
融が起こり,マントルダイナミクスが存在する可能性
[7] Lawrence, D. et al., 2000, J. Geophys. Res. 105, 20307.
は十分にある.
[8] Yamashita, N. et al., 2010, Geophys. Res. Lett. 37,
8.まとめ
[9] Warren, P. H. and Wasson, J. T., 1979, Rev. Geophys.
CiteID L10201.
17, 73.
月表側の地震波トモグラフィー結果と月面のトリ
[10]Nakamura, Y., 2005, J. Geophys. Res. 110, E01001.
ウム分布には相関関係があることがわかった.PKT
[11]Toksöz, M. N. et al., 1974, Rev. Geophys. Space Phys.
地域の高濃度トリウム地域は S 波速度が遅く,この低
12, 539.
速度領域は PKT 直下の 250-400km の深さにまで及ぶ.
[12]Lammlein, D., 1977, Phys. Earth Planet. Inter. 14, 224.
トモグラフィーが示す月マントル内部の低速度異常に
[13]Goins, N. et al., 1981, J. Geophys. Res. 86, 5061.
は,KREEP 物質が関連する可能性が高い.低速度異
[14]Nakamura, Y., 1983, J. Geophys. Res. 88, 677.
常の分布の原因としては,高温部の上昇プルームある
[15]Vinnik, L. et al., 2001, Geophys. Res. Lett. 28, 3031.
いは高密度部の沈降あるいはその混合が考えられる.
[16]Khan, A. and Mosegaard, K., 2002, J. Geophys. Res.
また,高温部分の上昇プルームである場合,放射性熱
源により加熱され上昇プルームが生じる場合と,地球
と同様にマントル内の温度差によるマントル対流に伴
い上昇プルームが生じる場合の二つの可能性がある.
したがって現在でも,月内部は高温で,地震波速度の
差異を生じるような温度差があり,マントルダイナミ
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
18
107, CiteID 5036.
[17]Lognonne, P. et al., 2003, Earth Planet. Sci. Lett. 211,
27.
[18]Gagnepain-Beyneix, J. et al., 2006, Phys. Earth Planet.
Inter. 159, 140.
[19]Renee, C. et al., 2011, Science 21, 309.
2011/03/16
18:44:43
地震波トモグラフィーからわかるProcellarum KREEP Terraneの深部構造/趙,荒井
19
[20]Chenet, H. et al., 2006, Earth Planet. Sci. Lett. 243, 1.
[21]Zhao, D. et al., 2008, Chinese Sci. Bull. 53, 3897.
[22]Zhao, D., 2001, Earth Planet. Sci. Lett. 192, 251.
[23]Zhao, D., 2004, Phys. Earth Planet. Inter. 146, 3.
[24]Zhao, D., 2009, Gondwana Res. 15, 297.
[25]Wieczorek, M. and Phillips, R., 2000, J. Geophys. Res.
105, 20417.
[26]倉本圭,他 , 2007, 遊星人 16, 197.
[27]Zhao, D. et al., 1996, Science 274, 1891.
[28]Zhao, D. et al., 2002, Phys. Earth Planet. Inter. 132,
249.
[29]Frohlich, C. and Nakamura, Y., 2009, Phys. Earth
Planet. Inter. 173, 365.
[30]Saal, A. et al., 2008, Nature 454, 192.
[31]McCubbin, F. M. et al., 2010, Proceedings of
the National Academy of Sciences doi:10.1073/
pnas.1006677107.
[32]Langseth, M. G. et al., 1976, Proc. Lunar Sci. Conf.
7th, 3143.
[33]Schultz, P. et al., 2006, Nature 444, 184.
[34]Konrad, W. and Spohn, T., 1997, Adv. Space Res. 19,
1511.
■2011遊星人Vol20-1製版.indd
19
2011/03/16
18:44:43