2011年度冬の研究会 - 埼玉大学 理工学研究科 若狭研究室

若狭研究室
2011 年度 夏の研究会
【第 17 回】
2011 年 8 月 27-28 日
山梨県 湯村温泉 旅館明治
参加者
若狭研究室卒業生
石井伸治
前山智明
田中深雪
早瀬裕子
阿部俊貴
岡田倫英
鈴木康修
松岡弘昇
若狭研究室
若狭雅信
(教授)
矢後友暁
(助教授)
岩﨑祿代
(M2)
岩見法之
(M2)
松井弘貴
(M2)
村田龍太郎 (M1)
石井裕也
(B4)
吉岡隼人
(B4)
発表プログラム (15:00~)
1. 励起三重項のレベル交差領域で生じる電子-核スピンコヒーレンス
・・・・・・・・矢後友暁
2. ベンゾフェノン-N,N -ジメチルアニリンの過渡吸収測定
・・・・・・・・石井裕也
3. キノン-ポルフィリンの電子移動反応に対する水素結合の効果
・・・・・・・・吉岡隼人
4. ジアリールエテン誘導体のフォトクロミック反応
・・・・・・・村田龍太郎
休憩 30 分
5. イオン液体中でのベンゾフェノン連結化合物の光化学反応
・・・・・・・・岩﨑碌代
6. ベンゾフェノン光反応におけるマイクロ波を用いた炭素同位体濃縮
・・・・・・・・岩見法之
7. マウス線維芽細胞の成長に対する強磁場の影響
・・・・・・・・松井弘貴
励起三重項のレベル交差領域で生じる電子-核スピンコヒーレンス
(1 埼玉大院 理工)○矢後友暁 1・若狭雅信 1
Electron and Nuclear Spin Coherences Generated in Level Crossing Region of
Photo-Excited Triplet State.
1
( Saitama Univ.) ○Tomoaki Yago1 and Masanobu Wakasa1
【Abstract】Using the density operator formalism, an analytical model with a concept of the
non-adiabatic change of the spin Hamiltonian is developed to study the time evolution of the
electron and nuclear spin magnetization of photo-excited triplet state in the level-anti-crossing
(LAC) regions. In the LAC regions of the photo-excited triplet state, two spin states are nearly
degenerated and are interacted by the hyperfine interactions. Due to the strong mixing of the
two spin states, the large electron and nuclear polarizations have been observed in the LAC
regions. Such polarizations have been categorized into optical nuclear polarization (ONP) and
studied in the great detail over 30 years ago. The quantum oscillations in the LAC region of the
triplet states however have not been discussed so far. Our analysis reveals that pulsed light
excitation initiates oscillatory electron and nuclear spin magnetizations in the direction of the
external magnetic field together with the generation of the known optical electron and nuclear
polarizations.
【序論】有機分子の励起三重項状態においては、スピン準位選択的な項間交差により
非常に大きなスピン分極が生成する。このような励起三重項状態での大きなスピン偏
極を利用して、これまで様々な装置開発が行われてきた[1]。また、固体 NMR 測定に
おける測定感度の向上に、励起三重項状態を用いることが可能であることも報告され
ている [2]。しかし、これまでの研究においてはスピン偏極の生成に重点がおかれ、
電子スピン偏極生成後の時間変化については、ほとんど議論されてこなかった。
光合成反応中心などで生成するラジカル対においては、光化学反応によってラジカ
ル対が生成するのと同時にスピン偏極およびスピンコヒーレンスが生成することが
知られている[3]。このスピンコヒーレンスの解析から、ラジカル対の電子構造が推定
されてきた。近年、このようなスピンコヒーレンスを保ったラジカル対のスピン状態
が、ベル状態であることが指摘されており、量子情報処理という観点からもスピンコ
ヒーレンス現象が注目されている[4]。しかし、これまで光化学反応によるスピンコヒ
ーレンス生成の研究は、光誘起電子移動反応によって生じるラジカル対に限られてい
た。
ごく最近、光化学反応によって生じる励起三重項状態においても、スピンコヒーレ
ンスが生成することが報告された[5]。励起三重項状態は、励起一重項状態からの項間
交差によって生じる。項間交差はスピン軌道相互作用によって引き起こされるため、
その過程は分子内過程であり外部磁場に依存しない。そのため、項間交差の過程にお
いて、電子スピンは外部磁場を感じず、はじめにゼロ磁場での固有状態が生成する。
その後、項間交差直後に、電子スピンは外部磁場を感じ、スピンの固有状態はゼロ磁
場での固有状態からある磁場での固有状態に変化する。このとき電子スピンの量子化
軸が突然変化するため、電子スピンおよび核スピンコヒーレンスが生じる。本研究で
は、励起三重項状態のレベルクロス領域での電子-核スピンコヒーレンスの生成過程
を理論的に研究した。
(C1 +C2 ) / 2
(C 1+C 2 ) / 2
【結果と考察】スピンダイナミクスの
B // Z
B // X
計算は、Liouville-von Neumann equation
¦TX >
を用いて行った。励起三重項状態のパ ¦¦TTX >>
¦TY >
Y
ラメータは、報告されているペンタセ
¦T >
¦ TZ >
ンの値を用いた。励起三重項状態生成 Z
直後の密度行列は、スピン状態選択的
0
20
40
60
0
20
40
60
な項間交差によって与えられる。この
B0 / mT
B0 / mT
時点では、スピン分極(密度行列の対
図 1:励起三重項のスピン準位の磁場依存性
角項)が生成しているがコヒーレンス
(非対角項)は生成していない[4]。外部磁場の効果によってスピンハミルトニアンの
non-adiabatic な変化し、初期のスピン分極は新しい状態のスピン分極と、その状態間
のコヒーレンスに分配される。このコヒーレンスは外部磁場方向において、振動する
磁化として観測される。レベルクロス領域では、二つのスピン状態のエネルギーが近
接し、超微細相互作用により相互作用する(図 1)。このような領域では、電子スピン
の量子数と核スピンの量子数が交換するため、非常に大きなスピン分極が観測されて
きた。図 2 に計算から得られたレベルクロス領域で生成する核スピンコヒーレンスの
磁場依存性を示す。計算か
0.06
0.02 B // Z
ら レ ベルクロスが 起こる
B // X
0.04
領域では、スピン分極だけ
0.00
0.02
ではなく、スピンコヒーレ
0.00
-0.02
ン ス が生成するこ とが明
-0.02
-0.04
らかになった。また、いく
-0.04
-0.06
つ か の近似を用い て得ら
-0.06
-0.08
れ た 解析解が数値 的な計
47
48
49
50
51
52
53
10
12
14
16
18
B / mT
算 結 果と一致する ことか
B / mT
図2: 解析的(実線)および数値的(点線)な計算から得
ら、用いた近似が妥当であ
られる核スピンコヒーレンスの大きさの外部磁場依存性。
ることが示唆された。
【謝辞】本研究を遂行するにあたりまして、有意義な議論をしていただきました
Freiburg 大学の Gerd Kothe 教授、Washington 大学の Tien-Sung Tom Lin 教授に深く感謝
いたします。
【参考文献】
[1] For example, Ko¨hler, J.; Disselhorst, J. A. J. M.; Donckers, M. C. J. M.; Groenen, E. J. J.;
Schmidt, J.; Moerner, W. E. Nature 1993, 363, 242–244.
[2] D. Stehlik, The Mechanism of Optial Nuclear Polarization in Molecular Crystals in: E. C.
Lim (Ed), Excited States Vol. 3, Academic Press, New York, 1977, p. 203.
[3] Kothe, G.; Bechtold, M.; Link, G.; Ohmes, E.; Weidner, J.-U. Chem.Phys. Lett. 1998, 283,
51–60
[4] Salikhov, K. M. Appl. Magn. Reson. 2003, 25, 261-276.
[5] Kothe, G.; Yago, T.; Weidner, J.-U.; Link, G.; Lukaschek, M.; Lin, T. S. J. Phys. Chem. B
2010, 114, 14755-14762.
2011 夏の研究会
石井裕也
ベンゾフェノン‐N,N -ジメチルアニリンの過渡吸収測定
[序論]
イオン液体中の電子移動反応の磁場効果を研究するため,アセトニトリル中のベンゾフ
ェノン‐N,N -ジメチルアニリンの過渡吸収測定,およびイオン液体 TMPA TFSA の合成を
行なった.
ベンゾフェノン(BP)は光励起されて励起三重項状態になると,N,N -ジメチルアニリン
(DMA)からの電子移動を起こして接触イオン対を形成する.無極性溶媒中では,このイ
オン対はプロトン移動を起こしてケチルラジカル(BPK)を生成する.一方,極性溶媒中
では,このイオン対は溶媒和されて溶媒和イオン対になると,解離して緩和するか,プロ
トン移動を起こしてケチルラジカル(BPK)を生成する.
アセトニトリル中とイオン液体中では,このような挙動にどのような違いが生じるか調
べるため,まず,アセトニトリル中で過渡吸収測定を行なった.
[実験]
ベンゾフェノンはエタノールとヘキサンで再結晶して精製し,N,N -ジメチルアニリンは
313 K,3.5 mmHg で減圧蒸留して精製した.
はじめに,ベンゾフェノンのアセトニトリル溶液の UV 測定を行なった.
次に,ベンゾフェノンのアセトニトリル溶液と N,N -ジメチルアニリンのアセトニトリル
溶液をそれぞれ調製し,これらを混ぜて 5.3 mM BP‐33 mM DMA の過渡吸収測定を行な
った.
[結果と考察]
0.08
0.5 µs
0.07
1 µs
Absorbance
0.06
5 µs
0.05
0.04
0.03
0.02
0.01
0
350
450
550
Wavelength/nm
650
図 1 5.3 mM BP - 33 mM DMA 過渡吸収スペクトル
2011 夏の研究会
石井裕也
図 1 は 5.3 mM BP‐33 mM DMA の過渡吸収ス
ペクトルである.700 nm 付近の吸収は BP・-,480
nm 付近の吸収は DMA・+によるもので,550 nm
付近の吸収は BPK・によるものである.
Absorbance
0.06
0.04
0.02
0
-0.02
-5
0
5
10
Time/µs
15
20
-5
0
5
10
Time/µs
15
20
図 2 は 700 nm での BP・-の減衰曲線(上),480
nm での DMA・+の減衰曲線(下)である.DMA・
+
の減衰の方が遅い.
Absorbance
0.06
0.04
0.02
0
-0.02
図 2 減衰曲線(上:BP・-,下:DMA・+)
アセトニトリル中では,BP・-と DMA・+の存在が確認され,これらが減衰するにつれて
BPK・が生成することが確認された.
次に,溶媒にイオン液体 TMPA TFSA を用いて 5.4 mM BP‐25 mM DMA の過渡吸収測
定を試みたが,N,N -ジメチルアニリンが溶けず濁ってしまって測定できなかった.
[今後の予定]
別の電子移動反応の系として,ベンゾフェノン‐1,2,4,5-テトラメトキシベンゼン,ベンゾ
フェノン‐1,4-ジアザビシクロ[2,2,2]オクタンの過渡吸収測定(アセトニトリル中,イオン
液体中)
[参考文献]
Bull. Chem. Soc. Jpn. 1990, 63, 3385-3397
J. Phys. Chem. 1990, 94, 4540-4549
J. Phys. Chem. 1991, 95, 7253-7260
2011/08/27
夏の研究会
吉岡隼人
ポルフィリン-キノンの
ポルフィリン-キノンの電子移動反応に対する
電子移動反応に対する
水素結合の効果
<序論>
光電子移動反応は,電子供与体と電子受容体を組み合わせ,光照射されることによって起こり,
多くの分野で重要な役割を果たしている。一番身近な例を挙げると太陽光による光合成がある。
また,生体内のたんぱく質や DNA においても電子移動反応は起こっており,水素結合が電子移
動の速度に影響を及ぼすと考えられている。そこで本研究では,電子移動において簡単な系であ
るポルフィリン-キノン系を用いて,無極性溶媒中における過渡吸収スペクトルを測定し,電子
移動反応における水素結合の効果と,そのメカニズムについて考察をおこなう。
<実験>
測定はすべて,亜鉛テトラフェニルポルフィリン(ZnTPP),デュロキノン(DQ)および,溶媒とし
てテトラヒドロフラン(THF)を用いておこなった。過渡吸収スペクトル測定の際は ZnTPP 濃度を
0.1 mM,DQ 濃度を 2 mM に調整し,励起光波長には 532 nm を用いて測定をおこなった。また,
水素結合の効果を調べるための実験としては試料にメタノール(MeOH)を加え,波長 470 nm の減
衰曲線の測定をおこなった。
ZnTPP + hυ → ଵZnTPP ∗ → ଷZnTPP ∗
ZnTPP ∗ + DQ → ZnTPP ା・ + DQି・
ଷ
ZnTPP
DQ
0.35
<結果・考察>
図 1 は ZnTPP+DQ の過渡吸収スペクト
0.3
よるものであると考えられる。また,
600~700 nm に あ る 幅 広 い 吸 収 は
ZnTPP+・によるものであると考えられ,
550 nm 付近は強いブリーチングのため
測定できなかった。
absorbance
ルで,470 nm 付近の吸収は 3ZnTPP*に
0.25
0.1µs
1µs
2µs
5µs
0.2
0.15
0.1
0.05
0
-0.05
400
450
500 550 600 650
Wavelength / nm
700
図 1.ZnTPP + DQ 過渡吸収スペクトル
2011/08/27
夏の研究会
吉岡隼人
図 2 は ZnTPP,DQ を混合した試料にそれぞれの濃度の MeOH を加えて測定した減衰曲線であり,
MeOH を加えたことにより減衰に変化があることがわかる。その関係をまとめたものが表 1 であ
り,濃度に対して速度定数 k をプロットしたものが図 3 である。水素結合存在下での電子移動の
反応機構については,水素結合と電子移動がほぼ同時に起こる協奏的反応と電子移動が起こって
から水素結合を生成する段階的反応が存在する可能性があることが述べられている。図 4 はそれ
ぞれの場合について,アルコールの濃度に対して速度定数をプロットした図である
1)。本実験で
得られた図 3 との比較から,THF 中の電子移動反応は段階的反応で進んでいると考えられる。
表 1.MeOH 濃度における寿命,速度定数k
0M
0.101M
0.197M
0.301M
0.401M
0.515M
absorbance
0.35
0.3
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
-0.05
-2 -1 0 1 2 3 4 5 6 7 8
time / µs
MeOH 濃度 /M
寿命 /10-6 s
速度定数 k /108 M-1s-1
0
0.173
2.91
0.101
0.184
2.75
0.197
0.170
2.96
0.301
0.163
3.11
0.401
0.157
3.22
0.515
0.153
3.30
速度定数 k / 108 M-1 s-1
図 2.ZnTPP + DQ + MeOH 減衰曲線
3.6
3.4
協奏的
3.2
段階的
3
極性溶媒中での実測値
2.8
2.6
2.4
0
0.1
0.2
0.3
[MeOH] / M
0.4
0.5
図 3.速度定数k vs.[MeOH]プロット
図 4.速度定数 k vs.[MeOH] プロット 1)
<今後の予定>
・加えるアルコールを変えて減衰曲線測定
<参考文献>
1)T.Yago, M.Gohoda, M.Wakasa, J. Phys. Chem. 2010, 114. 2476-2483
ジアリールエテン誘導体のフォトクロミック反応の研究
(埼玉大理工)○村田龍太郎
矢後友暁
若狭雅信
【序論】1,2-ビス(2-メチルベンゾ[b]チオフェン-3-イル)ペルフルオロシクロペンテン(BT)のフォトクロ
ミック反応(スキーム1)について、基底状態において閉環反応に寄与するアンチパラレル型(ap-BT)
と、反応には無関係なパラレル型(p-BT)のコンフォメーションが存在し、環化反応は励起一重項を経
由して、10-15秒程度で完結することが明らかになっている[1]。本研究では、三重項増感剤を用いた
反応で、BTの閉環反応が励起三重項状態から進行するかを検討した。
【実験】BT の閉環反応を、Nd:YAG レーザーを励起光として、ナノ秒過渡吸収法によりメタノール溶
液中で測定した。まず、第四高調波(266nm)により直接励起させることによって行った。次に三重項
増感剤としてキサントン(Xn)を選択し、第三高調波(355nm)を用いて Xn を励起させ、項間交差によっ
て生じた³Xn*からの三重項エネルギー移動により³BT*を生成させ、励起三重項状態からの閉環反応
の可能性を検討した。また、種々の三重項増感剤を用いて³BT*の三重項エネルギーの値について
も検討した。いずれの実験もサンプルは Ar 置換して行った。次に、一定の条件を満たす三重項増感
剤を選択して、定常項照射により³BT*から閉環反応が進行するか否かが、過渡吸収法の結果と一致
するかを検討した。
UV
vis
BT(O)
BT(C)
【結果と考察】BT の直接励起では、520nm に 2 成分の過渡吸収が観測された。短寿命成分は酸素
により著しく消光されたが、長寿命成分の生成量に変化はなかった(Fig.1)。これは定常光照射でも
確認できた(Fig.2)。短寿命成分は、光反応不活性の³p-BT*、一定成分は BT(C)と帰属した。
0.18
0.6
0.5
0.12
0.09
0.06
Aerated
0.03
Ar purged
0
-0.03
Absorbance
Absorbance
0.15
-10
0
10
20
Time / µs
30
0.4
0.3
Aerated
0.2
Ar purged
0.1
40
Figure 1.Transient absorption observed at 520nm
for the direct excitation of BT (1.4×10⁻⁴mol dm⁻³).
0
0
100
200
300
Time / µs
400
500
600
Figure 3.Absorption changes observed at 520nm
under steady-state UV light irradiation at 310nm.
次に三重項増感反応では、Fig.3、4 に示すように 600nm における Xn の T-T 吸収の減衰が加速さ
れた。消光速度定数 kq は 5×109/s-1 mol-1 dm3 と見積もられ、効率よくエネルギー移動が起きることを
確認した。更に 520nm においては、³BT*の生成が確認された。
0.2
³Xn*
Absorbance
0.15
0.1 µs
1.0µs
0.1
5.0µs
³BT*
0.05
0
350 400 450 500 550 600 650 700
Wavelengh / nm
Figure 6.Transient absorption observed for the
Figure 6.Transient absorption spectra observed
(2.6×10⁻³mol dm⁻³) in methanol at 520nm and
in methanol under argon atmosphere.
reaction of BT (1.6×10⁻⁴mol dm⁻³) with Xn
for the triplet sensitization reaction of BT with Xn
600nm under argon atmosphere.
ここで、第三高調波(355nm)を励起光として用いた場合、BT も僅かに励起されてしまうので、ここまで
の実験では BT の濃度を制限する必要があった(0.5×10⁻⁴/mol dm⁻³)。従って、過渡吸収法において
は kq と BT の濃度の関係から、エネルギー移動が起こり BT(C)が生成したかを判断できない。そこで、
BT(O)を直接励起できないような波長(380~420nm:これより長波長では BT(C)も励起される)に吸収
をもつ三重項増感剤を選択し、kq から求められた BT の濃度で三重項エネルギー移動による閉環反
応が起こるかを検討したところ、BT の励起三重項エネルギーは 200~225 kJ mol-1 と見積もった。
¹Xn*
S1
³Xn*
T1
³BT*
T1
hv
BT(C)
310kJmol⁻¹
?
S0
Xn
[今後の予定]
Xn からの三重項エネルギー移動は、p-BT、ap-BT 共に起きると考えるのが妥当である。この励起三
重項状態を経由する反応は、³ap-BT*から進行するかを検討する必要がある。
[1]Y.Ishibashi, M.Fujiwara, T.Umesato, H.Saito, S.Kobatake, M.Irie, H.Miyasaka, J.Phys.Chem.C 2011, 115, 4265
岩﨑 祿代
2011/08/27
イオン液体中でのベンゾフェノン連結化合物の光化学反応
【序】イオン液体(ILs)はイオンのみからなる極性溶媒であり、有機溶媒に代わる新規な溶媒とし
て注目されている。ILs 中では通常の有機溶媒中とは異なる結果となる報告があり、これは溶媒の粘
度だけでは説明できないため、ILs には局所構造があるという可能性が考えられている。しかし、そ
の局所構造の詳細は明らかになっていない。そこで本研究では、ILs 中のベンゾフェノン(BP)連
結化合物による分子内水素引き抜き反応をナノ秒過渡吸収測定法で観測し、磁場効果を利用して ILs
の局所構造の評価を検討した。なお、用いた試料は①4-Hexyloxybenzophenone(BP-O-C5-CH3)②
4-Dodecyloxybenzophenone(BP-O-C11-CH3)③BP‐Dodecanol 連結化合物(BP-O-C12-OH)であ
り、さらに比較検討用には④4-Methoxybenzophenone(BP-O-CH3)を用いた。また、ILs は N,N,NTrimethyl-N-propyl-ammonium bis(trifluoromethanesulfonyl)amide(TMPA TFSA)のみを使用し
た。
【実験】BP-O-CH3 以外の試料は全て合成した物で、例として BP-O-C12-OH の合成スキームを載せ
る(Scheme 1)。
O
O
+
HO
(CH2) 12
Br
Acetone, K2CO3
reflux
OH
O
(CH2 )12
OH
Scheme. 1 Synthetic routes for BP-O-C12-OH.
TMPA TFSA は前処理として約 10-4 Torr で真空乾燥させた。ナノ秒過渡吸収法では、プローブ光
としてキセノンフラッシュランプ、励起光として Nd:YAG レーザーの第四高調波(266 nm)を用い
た。TMPA TFSA に溶かした各試料を石英セルに入れて Ar バブリングした後、マグネット内に設置
して測定を行った。
【結果と考察】Fig.1 と Fig.2 はそれぞれ TMPA TFSA 中の BP-O-C11-CH3 と BP-O-C12-OH の過渡
吸収スペクトルである(BP-O-C5-CH3 は割愛)。
Fig.1 Transient absorption spectra of
BP-O-C11-CH3 at room temperature at
delay times of 5 μs(○) and 30 μs(●) after
laser excitation.
Fig.2 Transient absorption spectra of
BP-O-C12-OH at room temperature at delay
times of 1 μs(○) and 20 μs(●) after laser
excitation.
Fig.3 と Fig.4 はそれぞれ TMPA TFSA 中の BP-O-C11-CH3 と BP-O-C12-OH の減衰曲線である。
両方の試料とも減衰速度は比較的遅かった。
岩﨑 祿代
2011/08/27
O
O
(CH2)12
(CH2)11
O
O
CH3
Fig.3 A(t)curve observed at 510 nm for
BP-O-C11-CH3 in TMPA TFSA.
OH
Fig.4 A(t)curve observed at 520 nm for
BP-O-C12-OH in TMPA TFSA.
また、それぞれの試料に対して磁場効果の測定を行ったが、明確な磁場効果を確認することはできなか
った。次に、これらの結果を考察するために BP-O-CH3 の過渡吸収結果と比較した。Fig.5 は TMPA
TFSA 中の BP-O-CH3 による減衰曲線である。BP-O-CH3 は炭素鎖が短いために分子内水素引き抜き
反応は起こらないので、減衰速度がほぼ同じであった BP-O-C11-CH3 や BP-O-C12-OH でも分子内水
素引き抜きが起こっていなかったと考えられる。
さらに、BP-O-CH3 のアルコールからの水素引き抜き反応の速度を評価するために、アセトニトリ
ル中でアルコール濃度依存性の測定を行った。アルコールにはエタノールを選択した。Fig.6 は反応
速度定数をエタノールの濃度に対してプロットした図である。kq = 1.9×105 となり、BP-O-CH3 のア
ルコールからの水素引き抜き反応の速度は遅いと判断でき、よって磁場効果が観測できなかったと考
えられる。
O
CH3
O
Fig.5 A(t)curve observed at 510 nm for
BP-O-CH3 in TMPA TFSA.
【今後】右図に示したベンゾフェノンとフェノールの
Fig.6 Ethanol concentration dependence
of decay rate of BP-O-CH3.
O
OH
連結化合物(BP-O-C6-O-PhOH)を用いて、検討を
進めていく。
O
(CH2)6
O
岩見 法之
ベンゾフェノン光反応におけるパルスマイクロ波を用いた同位体濃縮法の検討
【序論】
三重項ラジカル対を形成する光化学反応は、磁場とマイクロ波を用いて制御できること
が知られている。これは、磁場の印加によって三重項副準位の縮退の解けること、準位間
のエネルギー差に相当するパルスマイクロ波を照射することに起因する。これを利用した
同位体濃縮の可能性が示唆されているが、生成物分離の煩雑さから反応系選択が難しく、
達成したとする報告例は無い。本研究では、三重項ベンゾフェノンによる、Brij35 ミセル
からの光誘起水素引き抜き反応に着目し、その散逸生成物であるベンゾピナコールを分離
後、ESI-MS を用いて同位体比変化を追跡した。
1
O
C
RH
3
*
O
C
hv
3
*
O
C
項間交差
1
*
OH
C
スピン変換
*
OH
C
R
R
散逸
散逸
散逸生成物
Benzopinacol (BP-BP)、
、BP-R
再結合
再結合生成物
BP-R
【実験】
BP ( 3.0 × 10-3 mol dm-3 ), Brij 35 (5.0 × 10-2 mol dm-3 )の水溶液を ESR 試料管
(φ=0.75 mm)へ流速 0.1 ml / min で流し、Nd:YAG laser 第4高調波 266 nm の光
を用いて光反応を進行させ、反応後の溶液を回収した。BP カルボニル位に 12C を持つ
ものを再結合を促進し、13C を持つものを散逸生成物に濃縮できるように、12C 中心ラ
ジカルの共鳴周波数に相当するパルスマイクロ波を照射した。
回収した溶液は、Extrelut nt3 カラムに負荷させ、移動相にヘキサンを用いて Brij35 ミセ
ルを除去した。その後、テトラヒドロフランを用いて GPC カラムでベンゾピナコールを単
離した。
得られたベンゾピナコールのメタノール溶液を作成し、ESI-MS を用いて分子同位体比を測
定し、Aldrich にて販売している試薬との比較、検討を行った。
岩見 法之
【結果・考察】
下の図と表は、ESI-MS での測定結果、ピークの面積比を表わす。
図2 ピナコール(反応)のシグナル
図1 ピナコール(市販)のシグナル
12CM
13CM
13C2M
市販
反応後
32965
16010
9158
4357
1350
660
表 1 ピークの面積
図のシグナルは左から、①12C のみを持つピナコール、②13C を1つ持つピナコール、③
13C
を2つ持つピナコールのそれぞれに、ナトリウム( M=23 )が付加している。①②③にナ
トリウムが付加したものを、12CM、13CM、13C2M とおいた。
表における数字は測定で得られたシグナルの面積である。
データから 13CM の同位体比変化を計算すると、
δ(13CM) = ((13CM /12CM)反応後/(13CM /12CM)市販) -1 = -0.02 (%)
となった。13C の濃縮を予測していたが、希釈されてしまっている。原因として、磁場非印
加時のものとして市販のピナコールを使用していることや、マイクロ波照射位置が真実正
しいと言えるのか、などが考えられる。今後の実験で確かめていく予定である。
【今後の予定】
磁場の非印加時の反応生成物の関しても、測定を行う。
非磁場印加時でもの希釈が起こるのであれば、マイクロ波照射位置の正誤を確認する。
また、試行回数が非常に少ないので、回数を重ねて精度の議論が行えるようにしたい。
マウス線維芽細胞の成長に対する強磁場の影響
Effects of high magnetic field up to 5 T on NIH3T3 mouse fibroblasts growth
°松井弘貴、坂井貴文、若狭雅信(埼大院理)
°Hiroki Matsui, Takafumi Sakai, Masanobu Wakasa
(Grad School of Science and Engineering, Saitama Univ.)
E-mail: [email protected] mail.saitama-u.ac.jp
Abstract:
Effects of high magnetic fields up to 5 T were studied on the growth of HIH3T3 mouse fibroblasts. We have
designed and developed an apparatus for exposing the fibroblasts to high magnetic field for a long time. In the
apparatus, the mean temperature in the incubator could be controlled at 37±0.1°C with 5% CO2. Cell growth rates
were evaluated from counts of cell number. The rates and morphology of cell grown under 5 T of static magnetic
field will be discussed.
Keywords: NIH3T3, Static magnetic field, super conducting magnet
【序論】
近年、電気技術の発展により強磁場を利用した分析装置が普及し、高磁場にさらされる機会が増加し
ている。磁場を利用した装置の代表的なものとして MRI(Magnetic Resonance Imaging)や NMR(Nuclear
Magnetic Resonance )がある。これらの装置は研究、医療には欠かせないものである。装置を高感度に
するためには磁場強度を上げる必要があるため、強磁場が生体に与える影響を考慮しなければならない。
生体に対する磁場の影響は、静磁場・変動磁場・パルス磁場で様々な磁場強度、時間領域、実験対象と
しては微生物から哺乳類までの多方面から研究がされ報告されている。[1] しかしそのメカニズムには不
明な点が多く、データの再現性に欠けている。そのため、より多くの生体に対するデータが必要である
と考えられる。
本研究では超電導磁石内部で長期間の細胞培養をおこなうことのできるガラス製インキュベーター
を開発し、
この装置を用いて人体と同じ哺乳類の細胞であるマウス線維芽細胞 NIH3T3 を強磁場下
(5 T)
で培養した。細胞増殖と細胞形態の比較をおこなうことで細胞の成長に対する強磁場の影響の観察を目
的とした。人体と同じ哺乳類の細胞を用いることで、この結果がより複雑な生物へのモデルになること
が期待できる。
【実験】
5 T 超電導磁石内で長期間の細胞培養が可能な培養システムを開発した (Fig. 1) 。ガラスを用いてイ
ンキュベーターを作製した (Fig. 2) 。インキュベーターの外側にウォータージャケットを作製し、温水
を通すことで内部温度を 37°C±0.1 に調整した。CO2 5%は蒸留水を通すことで水分を飽和させてからイ
ンキュベーターに供給した。超電導磁石のボアは直径 60 mm と狭く、通常サイズのディッシュでは使用
できないため、24 穴マルチウェルプレートをウェルごとに切り離し、外径 19 mm の小型ウェルとして
用いた。インキュベーターには 5 個のウェルが収納可能である。
Fig 1. Scheme diagram of the exposure system.
Fig 2. The glass incubator.
Dulbecco Modified Eagle`s Medium (DMEM)にfetal bovine serum (FBS)を10 %添加した培地中で培養した。
細胞を5×104 cells/cm2で外径19 mmのウェルに播種した。播種後、すぐにウェルを作製したインキュベー
ターに入れ、強磁場下で24時間の培養をおこなった。強磁場下で培養した細胞の細胞数の計数をおこな
い、磁場なしで培養した細胞の細胞数と比較した。また、同様に培養した細胞をギムザ染色液で染色を
おこない、細胞形態を比較した。
【結果と考察】
インキュベーターには5個のウェルが設置でき、それぞれ位置での磁束密度、磁場勾配、磁気力の条
件をTable 1に示す。
Table 1. The magnetic flux density and magnetic field gradient at the center of the exposure position.
0
1
2
3
4
Magnetic flux density
(T)
Magnetic field gtadient
(T/m)
Field-gradient product
5.0
5.2
5.5
5.2
4.4
0
12
0
26
42
0
62
0
135
184
細胞数に与える強磁場の影響は、磁場なしで24時間
培養した細胞数N(0T)と強磁場下(B T)で培養した細胞
数N(B T)の相対細胞数R(B)=N(B T) / N(0 T)で評価した。
結果をFig 3に示す。
相対細胞数は磁気力の大きい位置で減少していた。
磁束密度のみが高い位置では細胞数の変化は観測され
なかった。発表当日には培養条件を変更した際の細胞
数の変化、細胞形態の結果についても議論をおこなう。
2
(T /m)
1.000
R(B)
Exposure position
【今後の展望】
磁場による影響が観測された細胞について、DNA解
析をおこなうことで、強磁場がDNAのどの部分に影響
を与えるかを解明する。
0.800
0.600
0
1
2
3
4
Exposure position
Fig 3. The effects of static magnetic field on
cell number.
【参考文献】
[1] 上野照剛、重光司、岩坂正和 編:生体と電磁界(2003)